第14話 下界へ

 そしていよいよ6日目になる。

 情けないことに、俺は再び睡眠の魔法をかけてもらい、転移陣のある施設に連れて行かれた。ここに来てそんな姿を生徒に見られるのに抵抗のあった俺は、早朝にそっと移動させてもらった。


「シゲト様? シゲト様?」


 そう声を掛けられ目を覚ます。今回も俺はソファーで横たわって寝かされていたようだ。それにしてもこういった魔法も生活魔法の一端で使えたりするのだろうか。戦う相手だって眠らせてしまえば最強じゃないのか?


「シゲト様のように魔法抵抗が弱い方ですと簡単に寝かせることが出来ますが、相手によってはかなり抵抗されてしまうので」

「あ……そうなんですか」


 この世界に来て意識が戻ってまだ3日目だが、なにげにミレーさんには色々お世話になった。カリマーさんにサヨナラを言えなかったのは少し残念だが。


 転移陣は、広いドームの様な部屋の中にある。いや、ドームそのものが転移陣なのかもしれない。よくわからない記号や文字が辺り一面に彫られていた。



「転移式は、全員が集まってからですので、もう少々お待ちください」


 俺は先日シャツを焦がされた為、上下この世界の服を着ていた。麻の様なシャツにベスト、アラジンパンツの様なダブダブとしたズボン。腰には帯が巻かれ小太刀も下げられている。生徒たちもいつもこんな格好をしていたな。


 それから当面のお金と食料、水筒などが入ったザックも支給され背負っている。ザックのタイプか、肩掛けのショルダーバッグのタイプか選ばせてもらえたので機動性を考えザックにしたのだが、このザックはなんと四次元ポケットのように、見た目以上に色々な量を入れられるすぐれものだ。なんでも魔法の道具だということだ。



 しばらくすると、君島と桜木の2人の女子が入ってくる。


 ん?


 だが、二人の様子を見ると何かおかしい。君島は目を泣きはらしたように赤くし、桜木が宥めるように寄り添っていた。


 ……なんだ?


 どうするか悩んだが、やはり俺は2人に近づいていく。2人にはおれが小日向にボコボコにされたのを見られている。抵抗があったが放ってはおけなかった。


「どうしたんだ?」

「先生……」


 声をかけても君島は俯いたまま答えなかった。横に居た桜木が返事をするが、チラッと君島の方を向き何か言いよどんでいる。

 何か揉めたのだろうか。


 バン!


 乱暴にドアが開き、今度は小日向が入ってくる、堂本や辻、佐藤なども一緒に入ってきた。小日向は俺の方を向いて一瞬ニヤッと笑みを浮かべるが、横に君島と桜木が立っているのを見るととたんに顔を曇らせ、憎々しげに睨みつけてくる。


 ……小日向となにかあったのか? 君島を睨む小日向の様子を見てそう感じた。


 何があったのか聞けないでいるうちに、今度は神官たちが部屋の中に入ってくる。皆の意識もそちらにむかった。



「転移者の皆さん、それでは下界へと案内いたします。昨晩伝えた打診された先へ行くのもよし。自分の希望する場所へ行くのもよし。全て自身の気持ちにしたがって決めてください」


 前日にミレーから聞いた話だと、この世界にはたくさんの神殿が建てられており、各国に1つ本神殿と呼ばれるものが在るという。転移陣は、その本神殿に在る転移陣と繋がっており、希望する国や組織の最寄りの本神殿へ転移させてもらえるらしい。

 ホールの中央に転移するものが立ち、その向かいにある石版で場所を特定するようだ。


 神官が「それでは、どなたから参りましょうか?」そう声をかけると、2年の池田が手を挙げ前に出てきた。神官は池田に魔法陣の中心部分に立つように言う。


「行き先は何処へいたしましょう?」

「グレンバーレン王朝へ」


 池田が答えると、途端に空気がざわつく。辻が意味がわからないと言った感じで怒鳴る。


「おい! 何を言ってるんだ。俺たちはリガーランドで冒険者になるって――」

「先輩。ここであなた達に付いていけば、一生先輩後輩の関係に引きずられちゃいますよ? この世界に来たから、先生と生徒の関係ももう終わったって言ってたじゃないですか、僕らもそうした方が良いと思うんですよ」

「なっ。それとこれとは違うだろっ!」

「決めたんです。運のいいことに、僕はかなり良い守護を貰ったようです。王朝で悠々と過ごさせてもらいますよ」

「池田ぁあああ!」

「やめろ辻」


 激昂する辻を堂本が止める。辻は不満を顔に残しながらも黙った。


「良いんだな。その選択が時として俺を敵に回す事になるかもしれなくても」

「……はい。堂本先輩には敵わないかもしれませんけどね。でも3年の先輩達、俺に適うのって堂本先輩だけですよね。剣道でも、この世界でも。そんなのにずっと後輩のままってキツイですよ」


 3年が池田の言葉に怒りを浮かべるが、堂本はどうでもないと言った顔で答える。


「……そうか」


「じゃあ、飛ばしてください。お願いします」


 池田が神官にそう言うと、魔法陣を起動させる。俺はただ成り行きを見ていただけだが、もしかしたら池田ともこれでお別れになるのかもしれない。そう思い、大声で声をかける。


「池田。気をつけろよ。元気でな」


 池田は、俺の声に笑顔で答える。その池田の笑顔を見ながら、ふと違和感を感じた。


 小日向は?


 そう言えば、あんなに気性の激しい小日向が何も言ってこないんだ? 激昂しているのは辻と佐藤の2人だけだ。小日向の方を見るとジッと、転移陣を操作する神官の方を見ている。ああいう装置に興味がある感じなのか?


 そのまま魔法陣の光が強くなり。池田の姿がすっと消えた。



「それでは、次の方は?」


 次に手をあげたのは君島だった。未だに目の周りは赤くなっていたが、桜木に大丈夫だからと微笑みかけて魔法陣まで進む。

 今まで気が付かなかったがそういえば君島は刀を差していない。背中に自身の身長に近いくらいの長い棒を括り付けている。槍なのだろうか穂先を覆うガードのようなものを付けている。そういえば槍を選んだ生徒が居たと聞いていたが。


 魔法陣に立つ君島を見て神官が先程と同じように尋ねる。


「行き先は何処へ?」

「ジーべ王国で……お願いします」


 君島の態度から、なんとなく予想はしていたが、やはり先程皆で行くと言っていた場所と違う。しかし、3年たちはそれを分かっていたかのように池田のときのような不満的な反応はない。


「結月……良いんだな」


 キッと睨んだまま小日向が聞くが、君島は目も合わせない。やはりこの2人の間に何かあったのだろう。そのまま話は終わったと判断した神官が石版を操作する。


「君島も。元気でな」


 俺は池田の時と同じように君島にも声をかける。が、君島は俯いたままだった。そして、魔法陣が光を発しだした瞬間だった。


 ダダッっと小日向が石版に近づき、操作をしていた神官をどんと突き飛ばす。


「なっ!」

「小日向!」


 突き飛ばされた神官があっけにとられ小日向を見上げるが、小日向は脇目も振れずに石版をいじりだす。さっき見てたのはそれか。君島が気が付き、慌てたように手を伸ばす。


 だが魔法陣はすでに動き出し、光がどんどんと強くなっていた。光の中で、恐怖に顔を染めたままの君島の姿がすっと消えた。

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