第13話 最終日

 医療室で朝を迎える。医療室と言っても病院のように看護婦などはおらず、ただ医療魔法を行う場として一室が在るだけのような部屋なのだが。目を覚ました俺は、起きて食堂に向かう気にもならず、ベッドの上で不思議な柄の天井を眺めていた。


「おはようございます」


 ノックが鳴らされ、元気な挨拶とともにミレーさんが入ってきた。ミレーさんは俺が割と元気そうなのを確認すると、朝食をどうするか聞いてくる。俺が言いよどんでいると、昨日の話を聞いていたのだろう、どうせ明日には6日目ということで下界に降りることになる、今日一日は生徒たちに会わない方が良いのでは? と聞いてきた。


「そうですね……だけど、まだ生徒たちから顔を背けることに、抵抗も在るんです……」

「シゲト様は責任感がお有りなのですね。お気持ちは理解できます。しかし今日は……」

「……はい」


 くそ。なんだこの無力感。

 もともと教育に対して熱い情熱を持って教師という仕事についたわけではなかった。

 実家から逃れるように都内の大学へ進み、祖父が亡くなった後は、一人暮らしをしている母親の近くに居たほうがいいかと、実家の県にある高校の教師へ就職した。それは単純に、小学校や中学校のような学級崩壊があったりする教育現場と比べ、高校のほうがまだマシかもという感覚で選んだことも在る。県の職員であれば給料も安定していそうだ、その程度の気持だった。


 それでも、教師という仕事を8年も続けて、愛着も有った。この学校に来て剣道部の顧問を頼まれたときだって、前任の先生が俺の祖父をたまたま知っていて、その話を聞いた校長がなんとなく持ってきた話だ。別にコーチとしてじゃなく名前だけの顧問で良いと言われ受けたつもりだった。

 ただ、前任の担任がカリスマ的な存在だっただけに、そのギャップに反抗している生徒たちの気持ちも分かったし、むしろそんな青い時代を駆け抜けている子供たちを微笑ましい気分で見ていたくらいだった。


 俺が何かを間違ってきたのか。それともこんな異世界に来たことでバランスが崩れたのか……。




 食事を取ると、やはり俺の教育担当はカリマーさんなのだろう。何事もなかったようにやってくる。

そして、時間がないからと、下界の説明の続きを始めてくれた。


 金銭面の話は生活に直結するので、簡単なレートでも知っておくのは大事だ。紙幣は『ウィルヴランド教国』という宗教国家がこの世界の紙幣の発行を1手に引き受けているという。ウィルヴランド教国というのは、この一神教の世界での宗教の総本山のようなものだ。この天空神殿も教国の管理下にあるという。


 この世界での最大の国家は『グレンバーレン王朝』。最初に出来た国である。『ウィルヴランド教国』はその王朝の中にあった祠などの神の遺跡などを統合して独立、建国された国である。


 これは当時『GS』の守護を得、神の声を聞けるという転移者が現れたのもあった。その転移者、フェールラーベンが、この国の転移者を受け入れるシステムや神民登録カードを作成。さらには精霊たちを促し、天空神殿の建設。等々。様々なこの世界の改変を行う事になる。

 一説ではフェールラーベンは転移者ではなく、『GS』そのものだったのではと言う伝説まで在る。事実、フェールラーベン以降、この世界に『GS』の守護を得た転移者は存在しない。


 いずれにしても王朝が神の力を独占するということに各国が不満を持っていたのもあったが、フェールラーベンという、神の意志を伝える人間の存在に、当時の王がそれを受け入れて建国の後押しをしたものであった。


 その国土を割譲したグレンバーレン王朝にも伝説は在る。この世界に転移者が来始めたとき、はじめはすぐにこの世界に居た魔物に殺されていく転移者が殆どだったという。その中で最初に生き残り。生活圏を築き、後続の転移者達の礎となったのが、グレンバーレン王朝の初代王。ヒート・グレン王であったという。


「やってくる世界によっては、もともと魔法を使えたり、戦える人も居るということですか」

「そうですね。グレン王は、凄まじかったと聞きます。当時はランキングシステムが有りませんでしたが、グレン王を超える者は今でも居ないのではとも言われてますね」

「その……我々の世界は……種としてはどうなのでしょう」

「シゲト様の世界は科学技術が発達していた世界ですので、元々の生身の強さというのは落ちると思います。しかしその分は神の光で力を得られるので、実際に弱いとかそういうのは無いと思いますよ」


 少し鬱々とした気持ちでいたが、もともと自分が世界史の教師だったのもあり、この国の成り立ちの話など聞くのが楽しく、質問も重ねてしまう。どうせ大して魔法も使えないのだから生徒たちのように魔法の技術を教わるのもそんな意味がないだろうと思う。歴史の話を聞くほうが楽しい。


 ランキングは、身体能力、魔法能力などデータから順位が付けられているという、ランキングが高ければ良いのか? と言うとそこも難しいらしい。


「ランキングを上げるためには、能力データーの向上もありますが。実は、上位ランクの人間に勝つことでランキングを上げることも出来るのです」

「……え? じゃあ……まさか」

「はい。自分のランキングが高ければ就職などにも有利です。ですので、ランキングを上げるために上位のランカーを攻撃するという者も出て来るのです」

「怖い、ですね。殺されたり……と?」

「そういう場合もあります。あとは相手のカードを自分のカードの埋まってる場所の上に重ね。敗北を宣言することで反映することもありますが……」

「それって……変な話お金でランキングを買えませんか?」

「神の目がありますので、そういう不正はランキングには反映されないんです」

「ほ、ほんとうに?」

「はい」


 うわ。神が与えるランキングか。かなり正確じゃないか。でも……平和に生きていきたい俺には低ランクというのはむしろありがたいのかもしれない。



 そしてこの日の夕方。俺にはリガーランド共和国からの打診が来たことが告げられた。


 リガーランド共和国は、ユグドラシル大陸では比較的新興の国らしい。話を聞くと他の王国等と違い民主主義国家のようだ。いや他にもホジキン連邦なども民主主義に近い形ではやっているらしいが、今の所この国が一番日本の統治に近い気がする。

 そして新興ということが理由なのか、知識層もかなり幅広く募集をしているらしい。


 俺にはこの打診がかなり理想なものに感じられた。


 他の生徒達も、こういった打診の話は個別に行われるらしい。下界のどこの国に行くか。自由に選ばせたいと言うのが在るらしいが、俺に打診を伝えに来てくれたミレーさんが言うには、生徒たちは国に所属する気は無く、冒険者という者になるためにフリーで行く話をしていたという。

 フリーとは? とも思ったが。未開の土地の魔物などを倒し、人間の世界を広げていく「冒険者」という仕事はこの世界では花形の1つらしい。より多くの魔物と戦うことで、自分の階梯をあげ実力を上げるのにも最適なんだという。


「それは……全員の総意なのですか?」


 そんな危険な仕事、なぜ選ぶのか俺には理解できなかった。国に雇われればそれだけ安全も保証される。もちろん国に所属する戦士になれば危険な戦いもすることにはなるだろうが……。


 ……こういう考えが年配の考えという事なのか?


「いえ、食堂で皆さんで話しているのを聞く限り、ドウモトさん中心に動いているのだとは思いますが、全員の総意なのかはわかりません」


 堂本……確か、『GS』に継ぐ存在の天現の守護を貰えたと言っていたな。強さも鍛えればかなりのレベルまで行くという。それに池田と桜木も天戴という存在の守護を得、かなり精霊には恵まれているという。

 個人でやっていける自信と実力があれば、そういうことか……。人数だって居る。だけど俺は……受け入れてもらえないだろうな。

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