第12話 激昂の小日向

 魔力も尽き、これ以上の練習は厳しいと一度部屋でシャワーを浴びることにする。練習室から出て階段を上っていくと、先に練習を切り上げたらしい生徒とすれ違う。小日向と辻だった。まいったなと思いつつも、問題はないか? と。2人の様子を伺う。

 それがミスだったんだろう、小日向と目が合う。小日向はうっとおしそうに俺のことを見ていたが、ふと俺の腰の小太刀に気が付く。


「お。いっちょ前に刀なんてさしてるぜっ」

「ん? 本当だ。剣道なんて出来ないくせにいっちょ前に刀選んだんだ」


 横にいた辻も嬉しそうに絡んでくる。2人は俺が居合をやっていたという話は知っている。だが剣道を出来ないという俺の姿しか知らないからか、それとも居合は型だけの戦闘に向いている武道では無いと考えているのか。何れにしても俺が刀を持つことに違和感を感じているようだった。


 実際剣道をやっていると段審査等のために日本剣道形を学ぶことがある。おそらく奴らのイメージの居合道は、それに近いのかもしれない。


 この期に及んでも俺はこいつらの教師の立場というのを捨てれないのだろう。強気に答える。


「なに。護身にでもと思ってな」

「ププッ。護身って、脇差じゃねえかっ」

「そっか、刀は俺たちで全部選んじまったから脇差しか残ってなかったのか。ひっひっひ。ウケるぜ」


 なるほど、脇差か。二本差しの侍の持ってる脇差のイメージなのか。


「通常の脇差よりは少し長いぞ、小太刀のサイズだ」

「知るかよっ。くっくっく。これで魔物も安心だなあ~おっさん」

「ひっひっひ。脇差とか……ブブッ」


 俺の言葉にも耳を貸さず2人はさも、良いものを見たといった感じで笑い続ける。そんな態度につい俺もムキになってしまう。


「お前たちこそ、刀なんて選んで扱えるのか? 竹刀でガチャガチャやるのとは訳が違うんだぞ」

「なん……だと?」


 人を馬鹿にするのを大いに楽しんでいた小日向が顔色を変える。


「剣道はあくまでもスポーツだ。武道じゃない。あんなポンと叩く打ち方で敵を切れるのかと聞いているんだ」

「あ?」


 キレやすい小日向だ。こんな煽りでも自制が効かなくなる。特にこの世界に来ての小日向の様子は輪をかけてひどくなっている気がする。

 小日向が腕を伸ばしグッと俺の胸倉をつかむ。ボタンが一つ二つ弾けるが、俺は小日向から目を背けずに睨みつける。


「どうした? 本当のことを言われたからキレてるのか? 下界に降りれば命のやり取りすらあるらしいじゃないか。もしかしてお前、スポーツで命のやり取りをやろうなんて、そんな単純に考えてるんじゃないのか?」

「ムカつくぜ!」

「それにみろ、こんなすぐに冷静さを欠くお前がそんな世界でやっていけるのか?」

「貴様……」


 だんだんと怒りで我を無くしていく小日向を俺は睨み返す。ここで引いたら、生徒と教師という線引きが完全に――。


「んぐ……お、小日向……」


 突然俺の胸倉を掴む小日向の手が、あり得ないくらいの熱を発しだす。


 ジュッ。


 慌てて小日向の手を掴もうとするが熱さに耐えられずにすぐに手を放してしまう。何だ??? まるで熱せられた石の様だ。ジュゥと肉の焦げるような匂いとともにシャツからも焦げ臭い匂いが立つ。服を通して触れられている胸の部分が焼かれているように熱い。


「ががっ……やっ……やめ……」

「お、おい。小日向!」


 流石に危険だと感じたのか、先ほどまで笑っていた辻まで焦ったように小日向を止めようとする。だが、小日向は「ウルセェ」とその怒りをさらに燃やす。


 しかし……これはやばい。必死にもがきながら小日向の肘の当たりを掴むとそこは手の部分の様な熱さが無い。俺は必死に肘を掴み、腕を引っ張ろうとする。


「やっぱ、あれだ。教師ってのはモブってのがお決まりらしいな」


 俺がいくら力を入れても小日向の腕はびくともしない。小日向も俺の力が無力だと感じたのだろう。口元に残酷な笑みが浮かぶ。そしてそののまま俺の体が持ち上げられていく。片手だぞ??? 


「2人ともやめなさい!」


 その時廊下での異常を感じたのか、カリマーがこっちへ走ってくる。チラッとカリマーの方を見た小日向が「チッ」と舌打ちをすると唇をにやりとゆがめる。


「死ね」

「なっ!」


 ……小日向は本気でそう思ったのだろうか。どす黒い殺気の様なものが、まるで俺を畏怖させるかのように俺を取り囲む。小日向の手の熱さがさらに上がったように感じた瞬間、ザパァと水がかけられた。ジュゥウと小日向の手が蒸気を発っしている。小日向はそのまま俺から手を放しカリマーの方を向く。


「てめえ……何しやがる」


 魔法なのだろうか。突然横から水をぶっかけられたんだ。怒りのベクトルがカリマーの方に向くのを感じる。俺は焼けただれた首元を抑えながら、それでも必死に小日向を止めようとする。


「よ、よせ……」

「天空神殿では転移者同士の争いは禁止されている。すぐにやめなさい」

「やめなかったら……どうするつもりだ?」

「すぐに猶予期間が解かれ、即刻下界に落とされる事になります。今ならまだ何もなかったことに出来ます」

「……」

「さあ! すぐにその手を収めなさい!」


 カリマーが赤熱化した小日向の手をみて叫ぶ。小日向はしばらく黙っていたがふと顔を緩め口に笑みを浮かべる。


「……ふふ。ふははは。良いだろう。許してやるぜ楠木。どうせお前ともあと2日だ」


 小日向は笑いながら濡れた髪をかき上げる。湯気が立つがすでに髪が燃えるような熱は治まっているようだ。そのまま俺を一瞥すると興味もなさそうに食堂に向かっていった。慌てたように辻も後を追う。



 ……。


 取り残された俺に、すぐにカリマーが近寄り、俺の首元の火傷をチェックする。


「これは酷い……だが、まだ彼が第1階梯で良かった。……階梯が上っていたら厳しかったかもしれない」


 事が収まると、火傷の痛みがひどくなってくる。風が当たるだけでもジンジンと激痛に襲われる。くっそ……。何も出来なかった自分への怒りと苛立ちが湧く。俺は思わず拳で壁をドンと叩く。


「お気持はわかりますが、落ち着いてください。すぐに医療室へお連れしますので」


 カリマーが俺を背負う。



「せ、先生? その傷……どうしたんですか!?」


 ちょうど階段から降りてきた君島と桜木の2人が、背負われる俺を見て慌てたように声を掛けてくる。


「な、なんでもない……」


 男の矜持なのだろう、こんな姿を見られることに恥ずかしさを感じ、ぶっきらぼうに答える。


「すいません、すぐに医療室へお連れしないと」


 カリマーも察してくれたように2人を抑え、すぐに歩き出す。




 その後、医療魔術を使える神官が呼ばれ、俺に魔法をかけてくれた。それは日本に居た頃の医療のイメージとはまったく違うものだ。その神官が俺の火傷に手を当てるとすぐに効果が現れ、ヒリヒリジクジクとした痛みがすぐに引いていく。

 ……そのまま5分程手を当てられていただろうか、「もう大丈夫でしょう」と、神官が立ち上がり、俺に鏡を渡してくれる。


「……傷が……まったく残ってない?」


 傷が残ることを覚悟はしていたのだが、すでに綺麗サッパリと治っている。鏡を見ながら所々触れてみるが、傷の跡すらわからない。すごい……。


 カリマーもホッとしたように医療魔術の説明をしてくれた。このレベルで治癒魔法を使える人間はかなり少ないらしい。何が起こっても良いように常に備えている天空神殿ならではの人材ということだった。


「ありがとうございます」


 神官にお礼を言い、カリマーが食事を持ってきてくれると言うことで今晩はこの医療室のベッドで寝かせてもらうことにする。

 こんな状態になり、今はあまり生徒たちに会う気がしない。カリマーも気を使ってくれているのが分かる。


 それでも、また明日はやってくるのだが。

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