第11話 小太刀

 選んだ刀はそのまま持って行っていいと言われる。ズボンのベルトに刺してみるがやはりしっくりこない。聞いてみると帯のような物を用意してくれると言われたのでそれに期待する。


 武器選びに時間が大してかからなかったので、この後最初の部屋で武器などの使い方を見てもらえるという。魔法が戦いに使えるレベルでは無いようなので、この世界の武器の使い方も教わるのはありだろう。それにしてもカリマーさんは刀も使えるのか。すごいな。


 しばらく待ってくれと言われて、部屋で居合の型を少しイメージしながらおさらいしていると、カリマーさんが1m位の長さがありそうな大きな瓜のような物を持ってくる。それを剣山のような物が付いている台にググッと刺してセットした。


「これは試し切りなどに使う植物の実なのです。硬さがちょうどよいと言われていて低級の魔物を切る感覚を再現できるんです」


 なるほど、藁の筒を切るのに近いのか。


「低級の魔物なら刃の切れ味だけで切れますので、試してみましょうか」

「はい……ん? 低級の? 中級とかになると刃の切れ味だけじゃ切れないんですか?」

「そうですね。ある程度のクラスになると魔力を纏いますので、切る剣の方にも魔力を纏う必要があるのですよ」

「魔力を……え? じゃあ俺は……厳しいです?」

「どうでしょう。剣に魔力をまとわせるのは、どちらかと言うと技術ですので……やってみましょう」


 この瓜も切り放題で使えるほど数が無いということで、上の方から少しづつ斬る感覚で試すように言われる。まずはそのままやってみてくれと言われ、藁斬りの要領で小太刀を構え斜めに斬りつける。小太刀での藁斬りなんてやったことがなかったが、かなり気持ちよく振り抜ける。やはり刃の拵えも十分だ。


「おお~。素晴らしいです。良いですねビネガーが微動だにしませんでした。うんうん。それでは次はここに魔力を通してみますね」


 ビネガーというのはこの瓜の事か? そう言われてみると、なんとなく切り口から酸っぱい匂いがしてくる気がしてしまう。カリマーが瓜に近づき腰を屈めて下の方をそっと触れる。魔力を通すというのは直接手から流すという事なのだろう。


「私のことは斬らないで下さいね」


 少しジョークを言うように笑いかける。まあ。瓜を斬るだけなので間違いは無いが。気をつけるに越したことはない。再び正眼の構えをから、すっと小太刀を振り上げる。そのまま「フン」と小太刀の重さを瓜に叩きつけるように振り下ろした。


 ゴッ。


 先程の試し切りと明らかに違う抵抗感が小太刀を止める。見てみれば小太刀は1センチも食い込まず表面の皮の部分で止まっていた。


「これは……これが、魔力なんですね」

「はい。これを斬れるように頑張りましょう」

「魔力を……まとわせて?」

「そうですね。昨日お部屋の灯りを付けられたと聞いていますので魔力を流す感覚はわかると思います」

「あ、ああ。そう言えば……あの感覚でと」

「そうですね。それではもう一度やってみましょうか」


 カリマーに言われるように、小太刀に魔力を流してみる。昨日苦労したおかげである程度魔力というものの感覚は分かる。午前中に一度使い切った魔力だが、昼飯を食べだいぶ戻ってきている感覚も分かる。精神を統一するように、自分の体の中に渦巻く魔力を小太刀に流しながら斬りつける。


 スゥ。


 今度はだいぶ抵抗感を感じずに斬ることができた。


「おおっ!」

「出来ましたね。素晴らしいです。それではもう少し流す魔力量を増やしてみますので、限界を探ってみましょう」


 こうして、少しづつ抵抗する魔力を増やしてもらい俺がどの程度の魔物まで斬れるのか試してもらう。その結果、カリマーの経験上それなりに中級クラスの魔物も斬れそうだと太鼓判を押された。

 ただ、斬れると言っても魔物も動かないわけではない。避けるだろうし攻撃だってしてくる、中級の魔物なんて出た日には逃げることを第一に考えるようにとも言われるのだが。


 散らばった瓜の切れ端を片付けながら、カリマーさんが少し考え込みながら聞いてくる。


「……そう言えば、シゲト様は前の世界からの持ち越しのスキルがありましたね」

「はい、剣術と集中でしたか」

「なるほど、……集中ですか……いや。シゲト様の魔力量では斬れないと思ったラインを大きく超えて斬れましたので少し不思議だったのです」

「え? それっていい感じってことですかね?」

「はい。刃にまとわせる魔力が濃いんだと思います。その集中というスキルで魔力もその一瞬に集中させることが出来ているのかなと……あくまで予測ですが」

「魔力を集中? ……確かにこういう試し切りは、僕らの世界では藁斬りという訓練で行うんですが、斬る一瞬には精神を集中させるようには行っていますね……」

「うん、良いと思います。引き続き練習していきましょう。無意識でも魔力を流せるようになるのが理想です」


 なるほど……集中というスキルは単純に精神の集中というだけじゃないのかもしれない。ただまあ。俺の魔力量以上の効果が出せるというだけなんだろう。堂本達はなかなかの魔力量だと言うし、あまり期待を持ってしまうと後でつらい思いをしそうだな。




 その後今日の訓練は終わりと、カリマーが部屋から出ていく。夕食までもう少し時間があったのでもう少し小太刀の感覚を試すことにした。


「ふーーー」


 地面に軽く膝を付けゆっくりと息を吐く。心を集中させ左手にある小太刀に意識を同調させていく。それと同時に外への意識も高めていく。後の先を取る事を重要視する我が家の居合術では対峙する対象の一挙手一投足をつぶさに把握する必要がある。しばらくサボってはいたが、感覚はまだなんとか残っている……。集中をしながら禅のように気持ちを落ち着かせていく。稽古前、一時時間近くこの状態で精神統一をさせられたりしたものだ。シンと切り詰めた心のなかでふとフラッシュバックのように雑念がよぎる。

 その中で俺は大学時代に亡くなった祖父の事を思い出していた。



 祖父は男児がおらず先祖代々に伝わる居合術の失伝を覚悟していたという。そんな中。俺の父親が早くに亡くなり、娘、つまり俺の母親が小さい俺を連れ実家に帰ることになった。事情が事情だけに喜ぶような姿は見せなかったが、祖父はすぐに俺を跡継ぎにと自分の技術のすべてを覚えさせようとした。


 それでも幼少の頃は楽しんでやっている時期もあったが、思春期位からか、俺としてはかなり無理やりやらされている感も出てきていた。それも有り大学に入学し上京するとともに俺自身も全く居合を行わなくなった。祖父にはそれがかなりショックだったのよと、祖父の葬儀の時に母親は言っていた。


 当時は「俺は俺の人生を生きるんだ」と気にすることは無かったが、年を取るに連れ、心のどこかにあのときの祖父の希望を突っぱねたことが、後悔として心のどこかに残っていた。


「……それが異世界へやってくることになろうとはね」


 俺は自嘲気味に心のなかで笑う。


 気を高め、集中し、猛る。されど精神は波風立たぬ水面のごとし。

 俺はおもむろに鯉口を切り、小太刀を抜く。


「エイッ!」


 基本の抜刀術だ。反発はしたが、生前の祖父の淀みのない抜刀は好きだった。そんな祖父の姿を自分になぞらえる。気の遠くなるような回数の抜刀を繰り返してきたおかげで、動きだけは問題なかった。


 ……だがスピードはあの頃と比べるべくもないな。


 運動不足と練習不足。そこからくる己の抜刀に顔をしかめた瞬間、クラっと眩暈に襲われる……なんだ? 午前中の魔法の練習で魔力が尽きかけた時と同じような感覚だ。

 魔力の量は感覚で自分で把握できる。たしか、魔力が半分以上は残っていたはずだ。膝をつき、倒れるぬよう堪えながら、自分の魔力が枯渇しかかっているのを確認する。

 先程カリマーとやっていた時の、刀に魔力を纏わせた時とは段違いの量の魔力が減っていた。


 なんだ?


 ……もしかしたら。


 ……もっと。


 もっと集中できるという事か……?

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