第5話 能力検査
ミレーの案内で建物中を歩いていくと、この建物の中にはある程度のことがここで完結できる事が分かる。下の階に広い体育館の様な広い一室があり、そこで生徒たちがこの世界の戦士の様な人たちから剣術などを教わっていた。思わず足を止め開いていたドアから生徒たちを眺める。
「キョウヘイ。お前の打ち込みは早くて鋭いが、それでは魔物を切ることが出来ない。分かるか。叩く感じでは無く、切るように振り下ろすんだ」
「はいっ」
……確かに剣道は武道ではなくスポーツだ。一本取れるような打ち込みも、真剣での斬り合いでは相手を切るような打ち込みではない。堂本もこの世界のちゃんとした教官に教わり、素直に説明も聞いているようだ。無視するのは俺の意見だけかもしれないけどな。
それでも、真剣に稽古をしている生徒を見て俺は少しホッとする。
前を行くミレーが俺が付いてこないことに気が付き振り向く。俺の視線の先を見て笑いながら声を掛けてくる。
「今日は武器の使い方を説明しているんです。槍を希望した方もいらっしゃいましたが、割と皆さん剣を選んでいましたよ」
「ああ、彼らは日本で剣の練習をしていましたからね。ただ。ちゃんとした使い方を教われるのは良かった」
体育館を後にして再びミレーについて歩いていく。
「皆さんはかなり優秀なのだと思います。特にキョウヘイさんは、階梯をまだ上げていないのにすでにランキングで5桁だと聞きます。これは百年に1人と言っていいくらいの逸材ですよ」
「ランキング? なんですかそれは」
「この世界に住む人達の……強さと言いましょうか。身体能力だったり、魔法の強さだったりと特定の基準が在るのですがそういったもので統合して順位が付けられているのです」
「なっ……世界の住人全員ですか?」
「そうですね。実際そこまで離れていない順位の二人が戦った場合は、順位通りの結果には成るとは限らないのですが、それなりに順位が離れているとほぼ順位通りの強さになると言います」
「なんと……」
「そして、上位100名は常に世界各地の神殿で掲示されているため……人々の尊敬を集めていますよ」
強さのランキングとか……ホントかよ。
驚いているとミレーは建物の外に出ていく。俺は気になって後ろを振り向き、建物を見る。おそらく4階建てなのだろう、1階部分だけが天井も広かったが、横にも大きくせり出しており、先程見た体育館の様な練習場のスペースになっているようだ。周りを見渡せば、いろいろな浮島があるが、一つ一つ同じ様な建物が建てられている。もしかしたらそういう一つ一つで各々違った異世界からやってきた人間たちが訓練をする形なのかもしれない。
ミレーはそのまま浮島の端から違う浮島へ繋がる吊橋のようなものに向かって歩いていく。
……マジか……。
え? いや……無理でしょ?
こんな上空に浮かぶ島なのに風は微風だ。でも、……足がすくんで吊橋に近づくのもきつい。というより浮島の外周に柵など無いことを考えたら吐きそうな気分になってきた……。
そんな俺の様子に気が付きミレーが声を掛けてくる。
「もしかして、シゲトさん。高いところは……」
「あ、はい……苦手です」
「そうでしたか……えっと。例えばこう、四つん這いになってとか……」
「えっと。やってみま……す」
気持ちはすでに折れているが、ここで向こうに渡らないと何も始まらない。生徒たちに対する責任感も手伝いなんとか吊橋までたどり着く……が、やっぱりこれ以上は……。
「こっこれって、渡れない人……居ないものです?」
「いえ、たまにいらっしゃいます。ですのであまりお気になさらずに」
「すいません……俺では神官長の所には……」
「大丈夫ですよ、それでは失礼しますね」
「え? なんです?」
「さ、気を楽に……」
ん? なんだ? なんだかミレーさんの笑顔が怖いんだが……と、ミレーさんの手のひらがこちらを向いた瞬間。俺の意識がブラック・アウトした。
……
……
……
「シゲトさん。起きてくだい。シゲトさん」
「……ん? あれ? ミレーさん……ここ、は?」
ミレーの声に意識が戻る。戻る? いつ意識を失った? ……あの時か。
俺は少し動揺しながらも周りを確認すると、細かい刺繍が施されたソファーに寝かされていた。ミレーが床に膝立ちして俺に顔を近づけるように覗き込みながら声をかけていた。そのまま意識を戻した俺を見るとホッしたような笑みを向ける。俺はなんとも尊い雰囲気に飲まれそうになるのを必死でこらえる。
「本神殿の待機室です。これから神官長の所にお連れいたしますが。大丈夫です?」
「……へ? 吊橋を、渡った? え、なんで?」
「規定に従い、眠っていただきました。帰りも眠っていただければまた、帰れますので」
「規定? 眠って? ……もしかして魔法ですか?」
「はい」
そう無垢な笑顔で答えるミレーに、どことなく恐ろしさを感じてしまう。
だけど、こうやって渡れるのならなんとかなるのか。手術の時の麻酔のようなものと考えれば……。副作用など無いなら良いのか。前向きに捉えるようにする。
俺が動けそうなのを確認すると、ミレーは神官長の所に案内してくれる。教会なんて結婚式で行ったくらいの経験しか無いが、思ったのと随分違う。
しばらく歩いて連れてこられた部屋はと巨大な円卓の在る広い部屋だった。きっちり座れば数十人は座れそうな円卓には年配の神官と、中年位の年齢の神官が3人座って何かを話していた。そして机の上には何個かの水晶の様なものやら羅針盤のような物、いろいろなものが置いてある。
「神官長。転移者の方をお連れいたしました」
ミレーが声をかけると、4人がこちらを向き立ち上がる。
「ようこそ、日本の方。無事のお目覚め、おめでとうございます。私が神官長を務めさせていただいておりますグレゴリー・バルトロと申します」
「あ、ああ……ありがとうございます。私は楠木重人と申します」
無事の目覚め? おめでとう? ……この世界への調整が馴染まないと、目覚めない事も在るっていうことか? 背筋に冷たいものが走る気がした。だが、笑顔で挨拶をされれば、笑顔で返事をするのが日本人だ。俺は素直に礼をする。
「聞いていると思いますが、軽く能力の検査をさせていただきます」
「それは、やはり下界に降りる時にスカウトされるための資料になるのですか?」
「はい。そうですね。それと別に己の能力を知ることで、ご自身の今後の生活についての参考になればと、私どもからのアドバイスにも活用させていただきます」
「そうですか……わかりました。よろしくお願いいたします」
そう言うと、隣にいた神官が机の上に置いてあった水晶のような玉を指し示す。
「それではまずこの珠に触れていただいてよろしいでしょうか」
こうして検査が始まった。
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