第3話 現状把握

 堂本も少し俺を見下すような目で俺を見ていたが、それでも小日向の様に感情的にならずに状況を説明してくれる。剣道部の部長として他の部員たちのリーダーとして3日間過ごしていたようだ。そこは感謝しなければならない。


 実際に他の生徒達もあの光を浴びて意識を失ったようだ。だがそれもほんの少しの時間だったようで、俺だけがこんなにも長く意識を失っていたということらしい。



 この世界は俺たちが住んでいた日本とは全く別の世界らしい。窓の外の光景を見れば分かるが、俺にはこの世界がファンタジーと呼ばれる空想の世界に思える。実際に魔法などもあるらしい。「ほらっ」っと堂本が人差し指を立てるとその先に小さな火がポッと灯る。驚く俺をみて、辻や池田がクスクスと笑うが、もう俺には反応すら出来なかった。


 堂本が言うには、俺たちの世界をはじめ、様々な異世界というのが存在するという。パラレルワールドという言葉を聞いたことがあるが、そんな感じなのだろう。その各々の世界では時々次元に歪みが発生するらしい。

 その歪みに落ちた先が、この世界だったというわけだ。


 何を言っているか正直理解しがたいところがあったが、そういった話は、先ほどの女性や、ここにいる聖職者たちから教わったらしい。


「お前達は、ここの人たちの言葉が解るのか?」

「ああ、そうか。まだアンタには解らないのか」


 そう言うと、俺をここまで連れてきてくれた女性の方に向かって堂本が何やら喋りかける。「■■■■■■■■■」と、あの女性が使っていたような意味不明の言語でだ。

 女性は、了解したようにすぐに部屋から出ていった。


「ここは……日本に居た時の常識で物を考えないほうが良いぜ。すべてがぶっ飛んでる」

「どういう事だ?」

「この世界の言語は、地球のように自然発生的に生まれたものじゃないらしい。一つしか無い。だから、方言もなければ、異国間での言語トラブルもない」

「言葉が、一つだけ?」

「そう。言葉は神から与えられる物だということだ。生まれた子供もそのままでは何歳になっても言葉は覚えない。そして、4.5歳位で<知恵の実>というものを食べさせられる」

「知恵の実? ……アダムとイブの……か?」

「似たようなものなのかもしれないな。そしてその時初めて子供は言葉を覚える。言葉は学習するものじゃない。神から与えられるものなのさ」

「……なんだ、それ……」

「ここは地球とは違う。全てがだ。わかるか? 俺達とアンタとの関係も、もう教師と生徒と言う立場関係で考えるな。もう別世界の話だ」


 堂本は語尾を強め、俺に言い放つ。俺は……堂本から目を離すことも出来ず、どう答えて良いのか悩む。


「それでも、お前らは学生で、俺は教師なんだ」

「ふっ……いつまでそんな事を言ってられるかな」


 堂本のバカにしたような言い方に、言い返そうとするが、そこへ先程の女性が手に籠を持って部屋に入ってきた。そしてそのまま俺のところまで近づいてくる。


「■■■■■■■■■」


 女性は何かを喋りながら籠からリンゴの様な果実を取り出し、俺に差し出す。俺がそれを見て固まっていると、堂本が食べるように促す。俺はその果実を受け取る。


 ……。


 いやしかし、この状況。食べるしか無いか。


 シャクッ。


 日本で食べるリンゴをイメージして口にしたが、かなり酸味が強い。食べたが……何かが変わる感覚は……無い。それはそうだ、効果があるとしても胃や腸で消化でもしないと――。


「お味はいかがですか?」

「……え? はい? いや……言葉が……」


 リンゴを食べるのを待って女性が俺に話しかけてくる。今度は完璧に通じてしまった。……くっそ。全く理解が出来ない。何か騙されているような気分だが。窓の外の景色などから鑑みても、これは本当に起こっていることなのだろう。受け入れざるを得ないという事実に追い詰められる。


「な。分かっただろ? 日本での感覚は早めに捨てたほうが良い」

「あ……いや……だが……」

「俺達はそろそろ行くぞ。ここに居られる時間もそんな長くないんだ。後の事はミレーに聞けよ」

「ミレー?」

「そこの女だ。ここの話を聞くといい」


 そう言うと、堂本は他の生徒たちに声をかける。


「先生……私達……」


 一年の桜木が申し訳無さそうに何かを言いかける。仁科もそれに気づき一瞬立ち止まるが、後ろから辻が「1年! 早く来い!」と声を張り上げる。

 教師と生徒の人間関係より、先輩後輩の人間関係のほうが気をつけた方が良いことは俺も解る。1年2人が少し見せた気遣いの態度だけで俺は救われたような気分になるものだ。そして今は状況を把握することが大事だ。


「大丈夫だ、俺はこの女性に説明をしてもらう。お前らも気をつけてな」


 2人をそう送り出し、俺はミレーさんから話を聞くことにした。




 広い食堂に2人だけになる。


「君は、俺の……俺達の陥っている状況が解るんですね?」

「はい、この世界では時々起こることですので」

「他にも同じような?」

「そうですね、ここはそういう別の世界からの入り口でもありますので……」

「それは、拉致や誘拐のような?」

「いえ、それは違います。私達の意志でどうこうできることじゃないので。自然現象として世界と世界の歪みが生じると言われております。そしてその歪みに落ちたものを神がお救いなられていると言われております」

「……歪み? 神?」

「はい、歪みがなぜ起こるかは私どもにはわからないのですが」

「……それでその神というのは俺達の世界の神なのか? この世界の神なのか???」

「両方の世界の神と聞いております」

「両方の? それで元の世界に帰る方法は?」

「今まで帰還したと言う話は……」

「だが、俺はまだしもあの子達はまだ子供だ。自分の世界に親もいれば友だちもいる。その全てを捨ててこっちの世界で暮らせというのか? 親御さんたちだって自分の子供が突然居なくなればどれだけ悲しむと思うんだ???」

「や、やめてくださいっ!」


 気づけば俺は興奮のあまり、ミレーの肩を掴んで揺するように大声を出していた。流石に気まずい気分になり、ミレーから体を離す。落ち着かないといけない。大人の俺が……。


 スー。ハー。


 深く深呼吸をすると、先ほどと同じように不思議なくらい気持ちが落ち着いてくる。


「すまない」

「いえ……お気持ちは分かりますので……」

「……そういえば自己紹介もまだでしたね……私は楠木重人と言います。楠木が名字……家名と言ったほうが良いのでしょうか。名が重人と言います」

「シゲト……さん。ですね。私はミレー・ウラニアと申します。ミレーとお呼びください」


 少し落ち着いて目の前のミレーを見る。確かに日本人とは言えない顔つきだ。金髪と思ったがよく見ると少し赤みが入っているようにも感じる。肌は白人と言ってもいいほどの白さがあるが、肌のきめ細やかさは白人のそれより日本人の質感に近い。ホリの深さも日本人よりは深いが白人かというとどちらかと言うとハーフくらいと言えばいいか。特徴的なのは耳だ。ピンと伸びた耳は俺たちのそれとは違う。昔映画か何かで見た「エルフ」というものを思い起こす。

 年齢は落ち着いて見えるがもしかしたら二十歳に行っていないもかもしれないな。

 


 そんな事を考えながらつい見つめてしまっていた。じっと見られてたミレーが少し恥ずかしそうにうつむく。それを見てまたやってしまった事に気が付く。


「あ……重ね重ねすまない。その……私達日本人との顔の造形の差を考えてしまっていた」

「いえ。それも当然だと思いますので」


 ミレーは俺が落ち着いたのを見計らい、軽い食事でも食べながら説明しますと食堂の奥の方に向かっていった。言われてみれば随分腹が減っている。3日も寝ていたのなら当然か。3日??? そういえばその間の便などは……。それであのオムツか……。


 俺は嫌な予感を必死に無視しようと、再び深呼吸をする。


 スー。ハー。


 よし……落ち着くことが今は一番だ。


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