第2話 目を覚ますと異世界


「ん……んん?」


 どのくらい意識を失っていたのだろう、目を開けると俺はベッドの上に寝かされていた。慌てて起き上がるがクラっと目眩に襲われ、腰が抜けたように立ち上がるのに失敗する。


 ここは? ……生徒たちは?


 寝ていた部屋は、8畳間ほどの洋風な部屋だった。それにしても違和感を感じる……なんだろう。

 辺りを探ると靴はベッドの脇に置いてある。やはり靴を履いたまま入る部屋なのだろう。ホテルか何かなのだろうか。


 少しづつ頭がクラクラする感覚が落ち着いてくるのを感じ、靴を履いてなんとか立ち上がる。と、自分が見たこともない服を着ていることに気がつく。慌てて周りを見渡すと、俺の着ていた服がちゃんと畳まれて棚の上に置かれていた。

 自分の服を取ると、着ていた服を脱ぎ、着替えはじめた。ズボンを脱ぐと何やら大げさなオムツの様な物を履かされているのに気がつく。触っても特に湿っては居ない。粗相をしたわけじゃないのかと安心する。


 足取りはまだ怪しいが、生徒たちの無事を確認しないといけない。なんとか着替え終わると、やっとの思いでドアに近づき棒状のドアノブに手をかける。


 ん?


 押すか引くかで開く普通のドアを予想していたのだが、ドアはそのまま横にスライドさせる引き戸だった。


 なんだ?


 違和感が募る。ふと天井を見ると……ようやく違和感の正体に気がついた。この部屋の天井には日本のどの家にも普通にあるものが付いていない。照明設備だ。


 ここは……?。


 俺はわけも分からぬまま、ドアを開けて外へ出る。そこは予想以上に長い廊下が続いていた。



 ……


 右に行くか、左に行くか逡巡していると、右手の方から人の気配がする。軽く身構えながらそちらの方を見ていると、廊下の途中にある階段から1人の女性が登ってきた。その女性は……なんとも修道女とでも言うのだろうか、聖職者が着ているような服に身を包んでいた。そして何より、金髪の髪に、西洋人を思わせる顔のつくりに、髪から少し長めの耳が飛び出ている。俺の中の違和感がさらに持ち上がる。


 女性は階段を登るとこちらの方に向く。すぐに俺に気がつき、少し驚いたような顔をした後に、笑顔を見せ向かってきた。


「すいません。ここは……?」

「■■■■■■■■■」

「え?」

「■■■■■■■■■」


 な……何を言っているんだ? それどころかこれは言葉なのだろうか。英語やフランス語、中国語、俺の聞いたことのある言語と比べても全く異質の発音が続く。


「すっすまない……言っていることが、わからないんだ」

「■■■■■■■■■?」


 女性は俺が言葉を理解できないで居ることに気がついたようだ。身振り手振りで俺に付いてくるようにとでも言うような動きをする。俺はどうしていいか分からずに立ち尽くしていると、焦れたように女性が俺の手をとる。


「なっ何を???」

「■■■■■■■■■」


 確かにここで突っ立っていてもしょうがない。俺は意を決して女性に手を引かれるままに付いていく。女性はもと来た階段を降りていき、ひとつ下の階に降りる。この階も先程の階と同じ様に廊下が続いていた。俺は流石にいつまでも手を引かれて行くのにも抵抗があったため、付いていくからとジェスチャーで伝えそのまま女性の後をついていく。


 案内された部屋は、それなりの広さがあり何個ものテーブルが並んでいた。学食などの食堂のような感じだ……。それより、部屋の中では生徒たちがあまり見たことの無いような少し古風な服に身を包み、楽しそうに食事をしていた。


「おお、お前たち無事だったかっ!」


 俺の声に生徒たちがこちらを振り向く。だがホッとして無事な姿に安心した俺と比べ、どうも生徒たちのリアクションが薄い感じがする。


「ん? どうした? お前ら……」


 気になって聞くと堂本が答える。


「ああ、先生……起きたのか」

「え? いや、それは起きるだろう……ん? 俺は……そんなに長く寝ていたのか?」

「3日くらいかな、あの光は年寄りにはきついらしいよ」

「と、年寄り???」


 堂本の言葉に学生たちがクスクスと笑みを浮かべる。俺はまだ32だが……確かに高校生には年寄りに見えるのか……それより、光?……そう言えばあの祭壇で天井から差し込む光が部屋全体に充満するように光っていたのを思い出す、あれの事か? 確かにあの光を見たのが最期の記憶だ、あれで気を失ったというわけか。


 それにしても、3日も寝ていた? 確かに無精ひげも伸びている。本当にそれくらい寝ていたのかもしれない。くっそ。何がなんだか分からない。聞きたいことが多くて頭が混乱しているが、とりあえず……生徒が全員いるかを確認しないと。


 たしか、あの時に閉会式に向かった男子の選手5人、3年の堂本恭兵、小日向明、佐藤哲也、辻大慈、2年の池田智紀。それから女子の3年君島結月、1年は荷物を取りに行くように言われた仁科鷹斗か……ん? なんで1年女子の桜木美希が居るんだ? 


「桜木? あのときお前も居たか?」

「あ、はい……おトイレに行こうとして先生の後ろから……」

「そうか……それで……ここはどこなんだ?」


 生徒たちに尋ねると、小日向がニヤリと笑いながら答える。


「異世界ってやつだよ。オッサンには分からねえだろ」


 小日向の口の聞き方に、不快感を感じたが生徒を放置して1人で3日も寝ていたんだ。後ろめたさもあり、グッと堪えながら聞く。


「異世界? なんだそれは」

「おいおい。そんなのも知らねえのかよ何時の人間だよ?」


 小日向は更に口汚く馬鹿にするように話す。これには流石に俺も注意をする


「おい小日向。もう少し口の聞き方がある――」

「うるせえよ! ここは日本じゃねえんだ。教師ヅラするんじゃねえよっ!」

「なっ何っ!?」


 ふと、周りを見渡すと生徒たちの空気がおかしい。小日向の口の聞き方がさも当然のように、冷めた目をしている。いや、1年の2人はそれでも悪気を感じているような顔をしているが……。主将の堂本も冷え切った目線を向けてくる。


「お前ら……一体……」

「まあ、先生がさ。目が冷めたばかりで状況が把握できていないのは分かるけどさ。俺たちはこの3日でもう現実世界に帰れないって痛いほど思い知らされたんだ……ついてきな」


 堂本が立ち上がり窓の方へ俺を促す。俺はしかたなく堂本に言われるまま窓の方に近寄る。


「見てみろよ。これが今の現実だ」

「なっ! 何だ……これ……」


 窓の外の景色に言葉を失う。そこには見たこともない異様な光景が広がっていた。


 俺達のいる建物は小さな小島のようなところに建っており、さらにその下には雲が見える。島の周りには同じような小さな島のようなものがいくつも浮かんでいた。中でも数個の大きい島には建物が建ち、お互いが吊橋のようなもので結び付けられている。すべてが空の上に浮いているようだった。


「……解ったか?」

「……」

「三十路を超えた大人にはなかなか理解できないだろうけどな。飛ばされたんだよ。俺たちは」

「……飛ばされた?」

「異世界転移だ。聞いたことくらいあるだろ?」


 異世界転移??? なんだそれは。聞いたことなんて無いぞ? 若者には……常識的な話なのか? 異世界というくらいだから、地球ではないという事か? そこに……転移した?


 訳が分からない。


 俺は必死に自分がパニックにならないようにと律する。

 フーと、深く深呼吸をすると、すぐに落ち着いて来るのに気がつく。不思議なくらい心が冷静になっていく。



 ……なんだ。そのくらい。ここは大人の俺がしっかりしないと。


 そう決意をして。生徒たちを見渡した。

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