スクナビコナとろくろ首①―スクナビコナとチュルヒコ家に帰る!…そしてそのあとは…?―

「…ハア、ハア……!」

『…ハア、ハア……!』


 スクナビコナもチュルヒコも後ろを振り返ることもなく、必死に走り続ける。

 もう馬小屋から抜け出してからずっと立ち止まることなく走り続けている。

 すでに今は夜だが、幸いなことに今晩は大きな満月が出ているため、周囲は薄明かりに照らされている。

 そのためスクナビコナとチュルヒコはここまで道に迷ったり、転んだりすることもなく走り続けることができている。

 今は老婆の家の手の者たちが追ってくる気配はない。

 それでもスクナビコナもチュルヒコも全力で走り続ける。

 それは一刻も早く老婆たちの手から逃れるため。そして少しでも早く捕らわれている〝馬〟たちを救い出すために。

 一人と一匹は夜を徹して、家路を走っていくのだった。



「…着いたー……!」

『…家だー……!』


 スクナビコナとチュルヒコはようやく家の扉の前へとたどり着く。

 スクナビコナもチュルヒコも、もはやその足取りはおぼつかないものになってしまっている。


 周囲もすでに東の空から明るくなり始めている。

 結局一人と一匹は夜の間中、ずっと走り続けていたわけである。


「…さあ、中に入るぞ……」


 スクナビコナが最後の力を振り絞って入り口の扉を開けると、一人と一匹は倒れ込むように家の中に入る。


「…ふー、…さすがにあいつらもここまで追ってきたりはしないだろう……」

『…うん、そうだね……』


 スクナビコナとチュルヒコはともに仰向けに寝そべりながら、語り合う。


「…それにしてもとりあえず無事に戻ってこれてよかったよな……」

『…うん、ここにこうして帰ってこられたのはスクナのおかげだよ。本当にありがとう……』


 チュルヒコは改めてスクナビコナに助けてくれたことの礼を言う。


『…おお、戻られたのか、スクナ殿。しかも今回はチュルヒコ殿もいっしょに……』


 家に帰ってきたスクナビコナとチュルヒコにウスヒコが声をかける。


「ああ、なんとかチュルヒコを助け出すことができたよ」

『そうか、それは何より』


 ウスヒコもチュルヒコが無事に戻ってきたことを喜ぶ。


「…なあ、チュルヒコ……」

『…ん、何……?』

「とりあえず今は眠らないか?何しろ僕はもう丸二日も眠ってないんだ……」

『うん、そうだね。僕ももうクタクタでこれ以上動く気力もないよ……』


 チュルヒコはスクナビコナの提案に即同意する。


「よし、決まりだ。じゃあ、ウスヒコ。そういうことだから僕たちはこれから眠るよ。お休み……」

『…うむっ、お休み。スクナ、チュルヒコ……』


 こうしてスクナビコナとチュルヒコは深い眠りに落ちるのだった。



「…ん……?」


 スクナビコナは目を覚ます。その耳にはピヨピヨ、という鳥のさえずりが。


「…ひょっとして、…もう朝……?」


 スクナビコナは上体を起こし、周囲を見回してみる。

 部屋の木の柱や板の間からはすでに光が漏れている。


「…おい、チュルヒコ。いい加減起きろよ……」


 スクナビコナはすぐそばでいまだにぐっすりと眠っているチュルヒコの体を両手で揺らす。


『…う、…うーん……?』


 チュルヒコはまだ寝ぼけているのか、体をもぞもぞとはさせるものの、起きようとはしない。


「おい、チュルヒコ!早く起きろって!もう朝が来たんだよ!」


 スクナビコナはさっきよりも強い力を込めて、チュルヒコの体を揺さぶる。


『…うーん、…もう朝……?』


 チュルヒコはようやく薄目を開ける。


『…うわっ、もう朝か!急いでみんなを助けなきゃ!』


 突然、チュルヒコは飛び起きると同時に叫ぶ。


「…お前、ずいぶんぐっすり眠ってた割には騒がしく起きるんだな……」


 スクナビコナはチュルヒコの起床直後のあまりの慌てぶりに呆れる。


『だってもう朝ってことは僕たち丸一日眠ってたってことだろ!』

「…まあ、確かにそうだけど…。ひとまず落ち着けよ。なんの考えなしに行動したところで失敗するのがオチだぞ……」

『…う、うーん……』

「とりあえず座れよ。これからどうするかを決めようぜ」


 ようやく落ち着きを取り戻したチュルヒコはスクナビコナに言われた通りに部屋の床に四本足でしゃがむ。


『…スクナビコナは馬小屋の馬たちを助けるためのいい考えがあるの……?』

「…一応な…。でもまずはクエビコ様の元に行く……」

『クエビコ様に相談するの?そんなの必要ないんじゃない?』


 チュルヒコはスクナビコナの考えに異議を唱える。


「なんでだよ?」

『だってみんなを助けるんだったら、スクナが僕に食べさせてくれたナスを取りに行って、それをみんなに食べさせれば……』

「いや、それじゃダメだ」

『え!…なんで……?』


 スクナビコナの意外な言葉にチュルヒコは驚く。


「確かにお前の言うとおりにすれば馬たちは助けられるだろうな。でもそれじゃ意味がないんだよ」

『…意味がない……?』

「ああ、たとえ今馬小屋にいる馬たちを助けることができたとしても、あそこにいる連中はまた新しい人間を馬に変えて、同じことをやらせるに違いない。結局〝新しい犠牲者〟が生まれるわけだ」

『…確かに、そうだよね……』

「つまり本当の意味で問題を解決するにはあいつらをどうにかする以外にないってことだ」

『…そうか……』

「はっきり言ってあいつらはアマノジャクたちなんかとは比べ物にならない強敵だ。自分が見た感じではたぶん普通の人間じゃない……」


 スクナビコナは老婆たちのことを手強いとはっきり言い切る。


『…そんなに強いんだ…。僕たち本当に勝てるのかな……?』


 スクナビコナの言葉を聞いて、チュルヒコは不安そうに言う。


「ふん、強敵だからこそクエビコ様に相談するんだよ。クエビコ様は僕たちも知らないようなことをいっぱい知っている方だ。お前だってそれは知ってるだろ?」

『…そりゃあまあ、…そうだけど……』

「クエビコ様ならあいつらの弱点だって知っているはずさ。それさえわかれば大丈夫だ!連中がどんなに強敵だったとしても必ず勝てるさ!」


 スクナビコナは相変わらず心配そうにしている、チュルヒコの不安を振り払おうとするように言う。


『…そうだといいけど……』

「そうだよ!さあ、そうと決まればすぐにクエビコ様のところに行こうぜ!」

『…うん……』

「よし、決まりだ!ウスヒコ!僕とチュルヒコはクエビコ様の元に行ってくるから留守番はよろしく」

『…うむ、…スクナ、チュルヒコ、行ってらっしゃい……』


 ウスヒコはドスドスと床を揺らしながらいう。

 こうしてスクナビコナとチュルヒコはクエビコの元へと向かうのだった。

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