スクナビコナの冒険―小さな神が高天原を追放されネズミとともに地上に落っこちてしまった件―
スクナビコナとネコ退治⑥―さらば愛しのハツカヒメ!泣くな、チュルヒコ!!真のネズミは決して後ろを振り返りはしないのだっ!!!―
スクナビコナとネコ退治⑥―さらば愛しのハツカヒメ!泣くな、チュルヒコ!!真のネズミは決して後ろを振り返りはしないのだっ!!!―
『…ここは……?』
チュルヒコは目を覚まし、がばっ、と起き上がる。
「ふん、ようやく目を覚ましたか」
それに気づいたスクナビコナがチュルヒコのそばに近寄る。
『ここは、どこ?』
チュルヒコは周囲を見回しながらスクナビコナに尋ねる。周りは木のようなものに覆われており、それ以外には頭上の空くらいしか見えない。
「ここは、舟の上だよ」
『えっ、そんな!』
チュルヒコは慌てて〝木の壁〟を登って、外の様子を確かめようとする。
「ばかっ、やめろ!」
そう言いながら、スクナビコナはチュルヒコの進路の前に立ちはだかる。
『なんで止めるんだよ!早くここから抜け出してネズミの穴に戻るんだ!』
「何考えてんだ!この舟の外は海だぞ!
『…うっ……』
スクナビコナにそう言われて、チュルヒコは〝脱出〟をあきらめる。
『…なんでスクナは気を失っている僕が意識を取り戻すのを待ってくれなかったの?』
「ふん、そのあたりを、これから順を追って話してやるよ」
そう言うと、スクナビコナはネコを退治してから、この舟に乗るまでのことを話し始めるのだった。
「…ふう、なんとかあいつを〝退治〟したな……」
ネコの姿が完全に視界から消えたあと、スクナビコナはつぶやくように言う。
「…そういえば、チュルヒコのやつは大丈夫か!」
チュルヒコのことを思い出したスクナビコナは、急いでチュルヒコをネコから助けた場所に戻る。そこには倒れているチュルヒコの姿が。
「おい、チュルヒコ、大丈夫か!しっかりし……」
スクナビコナは倒れているチュルヒコに近寄り、その〝異変〟に気づく。
「…コイツ、…気絶してやがる……」
なんとチュルヒコは恐怖のあまり気を失ってしまっていた。
スクナビコナはそのことにすっかり呆れ返るのだった。
「…これで、よしっ、と……」
スクナビコナは気絶しているチュルヒコを背中に背負い、倉庫から少し離れた草むらまで運んで、そこに隠す。
「…さて、と。次はネズミ穴のほうだな……」
そしてスクナビコナはすぐにネズミの穴へと向かうのだった。
『スクナビコナ様!』
『お帰りなさい!』
『あれ、ネズミタケル様は?』
『ハツカヒコ様とハツカヒメ様が部屋でお待ちですよ』
スクナビコナがネズミ穴に入るとすぐに、帰りを待ちわびていたと思われるネズミたちが次々と声をかけてくる。
「みんなひとまずハツカヒコのいるところに集まってくれ!話はそれからだ」
スクナビコナはハツカヒコの部屋に向かいながら、そばに近づいてくるネズミたちにはそう呼びかける。
そしてスクナビコナとネズミたちは皆でハツカヒコの部屋に向かうのだった。
『おお、やってくれましたか!』
スクナビコナからネコを退治したとの報告を受け、ハツカヒコ以下部屋の中にいるネズミたちは沸き立つ。
「はい、ネズミタケルがネコの眉間にその歯を突き立てたのをこのスクナビコナ、しかと見届けました」
『しかし、スクナ様!なぜこの場にネズミタケル様はいらっしゃらないのでしょうか?』
ハツカヒメは〝ネズミタケル〟の姿が見えないことに気づき、目に涙を浮かべながらスクナビコナに詰め寄る。
「…タケルは、…言いにくいことですが、…もうすでに舟に乗ってここを旅立ちました」
スクナビコナは真顔でハツカヒメの疑問に答える。
『そんな!』
『なんと!』
スクナビコナの言葉を聞いてハツカヒメ以下、部屋の中にいる全てのネズミが悲鳴を上げる。
『なぜタケル様は私たちに会いに来てくださらないのですか!まさか私たちを見捨ててしまわれたのでしょうか!』
ことにハツカヒメは半狂乱になって叫んだあと、その場に泣き崩れる。
「…いえ、そうではありません……」
スクナビコナはハツカヒメの言葉を否定する。
『ならばなぜなのです!』
「タケルは一刻も早くより多くのネズミを救いたいと強く主張して…、僕はせめてあいさつくらいしてもいいのではないか、と言ったのですが…、その時間さえ惜しいと言って僕が止めるのを振り切って、ただ一匹先に舟に乗ってしまったのです」
『おお!』
『すごい!』
今度は部屋中のネズミたちから感嘆の声が上がる。
『すばらしい!』
ハツカヒコも〝ネズミタケル〟を絶賛する。
『タケル様は我々へのあいさつよりも他のネズミを救うことを優先された!なんという高き志!なんという崇高な理念!ネズミタケル様は我々のちっぽけな想像など、はるかに超越される〝大きな〟ネズミであったのだ!』
ハツカヒコは熱狂的に〝ネズミタケル〟を褒め称えると、いまだに泣き崩れたままのハツカヒメのそばに近寄る。
『ハツカヒメよ、もはやいかなるネズミといえど、ネズミタケル様を止めることはできまい。それほどまでにあの方の決意は固い。しかしあの方は決して我々のことを忘れたりはしないはずだ。だから我々はあの方が必ず再びここを訪れる日が来ると信じて待とうではないか』
『…わかりました、父上……』
ずっと泣き続けていたハツカヒメもハツカヒコの言葉を聞いて、一応納得した様子を見せ、答える。
『スクナ殿、もしタケル殿に会うことがあったら、我々はあなたがいずれここに帰還される日が来ると信じて、いつまででも待ち続けるとお伝えください』
ハツカヒコはスクナビコナのほうを向いて言う。
「わかりました。僕が責任を持ってタケルに伝えます。では、僕は急いでタケルを追いかけたいのでこれで」
そう言うと、スクナビコナはネズミたちに別れを告げ、ネズミの穴をあとにするのだった。
「そのあと僕は草むらで寝ていたお前を〝回収〟して、たまたま岸辺で漁に出る準備をしていた村の漁師に、舟で向こう岸まで運んでくれるように頼んだって訳さ。そして今は向こう岸に渡る途中だ」
『やっぱり納得できないよ!』
「何がだ?」
『僕が起きるまで待ってくれなかったことがだよ。僕が起きていればハツカヒメや他のネズミたちに会えたのに……』
「会ってどうするつもりだったんだ?」
『会って、あいさつをして、それから……』
「それから?」
『…あそこでハツカヒメたちといっしょに暮らすんだ』
「ふん、話にならないな」
『な、なんでだよ!』
チュルヒコはスクナビコナの冷ややかな言葉に猛抗議する。
「お前がそんなことを言い出すんじゃないかと思ったから、わざとお前を起こさなかったんだよ」
『な、なんでそんな意地悪するんだよ!』
「ふふん、じゃあ聞くがな?」
『な…、なんだよ……』
「例えば、お前が仮にネズミ穴に残ったとして、再びネコが襲ってきたとしたらどうする?」
『…そ、それは……』
チュルヒコは一転して歯切れが悪くなる。
「そうだよな?お前だけじゃネコに立ち向かえないもんな?つまりそういうことだよ。ネコを退治できないお前があそこに残ってもなんの役にも立たない。お前は今回のネコ退治でなんの貢献もできなかった。ネコは実質的には僕が一人で退治したからな」
『…う……』
チュルヒコはスクナビコナの言葉にぐうの音も出ない。
「しかも僕は気絶しているお前を背中に背負って運んだりしたんだぞ」
『…う、…うう……』
「例えば馬は人間を背に乗せて移動するが、人間が馬を背に乗せて移動したりはしない。でもお前は僕を背中に乗せることはできないくせに、今回は僕の背の上に乗っかったわけだ」
『…あ、…ああ……』
もはやチュルヒコは強い衝撃を受けて、完全に固まっている。
「まあ、ネコには僕がかなりの打撃を与えておいてやったから、とうぶんはあそこのネズミがネコに襲われることはないとは思うがな」
『…そ、そうならいいけど……』
「とにかく、お前がハツカヒメにもう一度会いたいなら、お前だけの力でネコを退治できるくらい強くなるこったな」
『……』
チュルヒコはもはやスクナビコナの言葉に一切反論することはできないのだった。
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