スクナビコナとクエビコとアマノジャク①―ついに登場、妖しすぎる案山子の神クエビコ!スクナビコナたちに何を語る?―

「…着いたみたいだな……」


 舟はようやく向こう岸にたどり着く。


「ありがとう」


 スクナビコナはここまでわざわざ運んでくれた漁師に礼を言う。そしてチュルヒコとともに舟を降りる。


「さあ、ここからは出雲の国だ」

『これからどっちに行くの?』

「うん、海沿いにひたすら東に行く。そうすれば美保に着く」

『わかった』


 そうして一人と一匹は東に向かって歩き始めるのだった。



「…確か、この辺りだったと思うけどな……」


 スクナビコナとチュルヒコは美保に到着する。辺りは一面田んぼである。すでに稲刈りの時期は終わっているため、田んぼに稲は実っておらず、丸裸状態である。


『ここから見える田んぼのどこかにその〝クエビコ様〟って人がいるの?』

「人っていうか、案山子かかしだね」

『カカシ?』

「そうさ」

『案山子ってそんなに賢いの?』

「ああ、賢い。っていっても僕もそんなに話をしたことはないけど」

『…それ、大丈夫なの?』

「まあ、とにかくクエビコ様を探そうぜ。話はそれからだ」

『…うん……』


 話をしながらも一人と一匹はクエビコの姿を求めて、田んぼの周辺を探索する。


「…うん?…あれは……」

『えっ、スクナ、何か見つけたの?』

「ああ、あれを見てみろよ」


 スクナビコナが右手で指差す先には一本の木の棒に支えられた藁人形、いわゆる案山子が立っている。


「おい、とりあえず近くに行ってみようぜ!」

『うわ、スクナ、待ってよ!』


 スクナビコナは〝藁人形〟に向かって一気に駆け出す。そのあとをチュルヒコも慌てて追うのだった。



「お久しぶりです、クエビコ様!」

『おお、スクナビコナよ、久しいのう』


 スクナビコナは藁人形のすぐそばまでやってくると、〝クエビコ〟にあいさつする。


『スクナ、この藁人形が、…じゃなくてこの方が〝クエビコ様〟なの?』

「ああ、そうさ」


 チュルヒコはクエビコを近くからじっくりと観察してみる。一本の木の棒に支えられた藁で作られた人形は普通の人間並みの大きさで、頭には笠をかぶり、顔の目、鼻、口、と思われる部分には木の枝が付いている。こんな外見なのにちゃんと声を出して喋っている。なんとも奇妙な藁人形だ、とチュルヒコは思う。


『スクナよ、こちらのネズミは?』


 クエビコはチュルヒコを見つめながらスクナビコナに尋ねる。


「ああ、チュルヒコって言うんだ。もとは高天原に住んでいたネズミだったんだけど、訳あって今は地上にいるんだ」

『なんと、高天原から?それは珍しいのう』


 クエビコはチュルヒコの素性を知って興味深げにいう。


『初めまして、クエビコ様』

『うむ、よろしく、チュルヒコ。ところでスクナよ、お主がはるばるここまで来たということは、何かこのクエビコに尋ねたいことでもあるのではないか?』

「うん、そうなんだ。実は……」


 スクナビコナはクエビコに高天原を出てから、ここに来るまでの経緯いきさつを話す。


『…ふうむ、なるほどのう……』

「うん。だからクエビコ様にはこれから僕たちが何をするべきかを聞きたいんだ」

『それはそんなに難しいことではないのではないかな?』

「難しくない?それってどういうこと?」

『うむ、これからお主たちがするべきことについて順に話していくとしよう。実は最近この辺りでは様々な問題が起こっている』

「そうなんだ」

『そうじゃ。そしてこのクエビコはお主たちがそういった問題を解決していけばいいのではないか、と考えている』

「そういった問題を僕たちが解決すれば何かいいことでもあるの?」

『大いにあるとも』

「どんな?」

『お主たちがいろいろな問題を解決して善行を積んでいれば、そのことがいずれ高天原の者たちの耳にも届くはず。そうすればお主たちが高天原に帰れる可能性も高まるのではないかな?』

『スクナ、これはすごくいい考えだよ!』

「うん?チュルヒコ、お前はクエビコ様の言う通りにしたほうがいいと思うのか?」

『そうだよ!この人…、じゃなくてクエビコ様の意見に従ったほうが絶対にいいよ!』

 チュルヒコはクエビコの勧めにかなり積極的に賛成する。

「…そうか、お前も賛成か、…よし、わかった。クエビコ様、僕たちはやるよ」

『ふむ、やる気になったか。それはいいことだ』


 クエビコはスクナビコナとチュルヒコの言葉を聞いて実に嬉しそうに言う。


「でも、クエビコ様。それはいいんだけど……」

『うん?何か問題でもあるのか?』

「問題を解決するって言っても具体的にどうすればいいの?今のままじゃ僕たちも何をすればいいかわからないんだけど……」

『フッフッフッ、なんだ、そんなことか?』


 スクナビコナの疑問に答えるクエビコの目が妖しく光る。


『ス、スクナ!今目が光ったよ!木の枝のはずなのに目が光ったよ!』


 チュルヒコは突然のクエビコの様子の変化に気を動転させる。


『私はクエビコだぞ?地上でもっとも賢い神なのだぞ?これからお前たちが具体的に何をすればいいか、などこのクエビコにわからぬはずがないではないか?』


 喋るクエビコの様子から〝妖しさ〟が増していく。


「…って言うことはつまり……」

『そうじゃ!お主たちがこのクエビコの元に来て、今後何をすべきかを尋ねさえすれば、いつでも答えを出してしんぜよう!』


 クエビコはスクナビコナが何かを言う前に自分で答えを言ってしまう。


「…そうか……」

『…クエビコ様ってすごい方なんだね……』


 スクナビコナもチュルヒコもクエビコの様子にすっかり圧倒される。


『では、まずお主たちが次に何をするべきかをこれから教えてしんぜようではないか!ではしばしの間待つのじゃ!…オオオオオオオオオッ!』


 クエビコはいきなり叫びだし、その様子にも異変が。


『わあっ、ク、クエビコ様の体がすごい揺れ始めたよ!スクナ、大丈夫なの?』

「ああ、大丈夫に決まってるだろ!…たぶん……」


 クエビコは叫びながらも、その藁の体を激しく揺すぶり始める。そのあまりに異様な様子に、スクナビコナもチュルヒコもただひたすら驚愕きょうがくする。


『アアアアアアアアアーッ、…心得たり……!』


 そしてしばらくの間叫び続けていたクエビコは、心得たり、という一言のあとは一転して沈黙してしまう。


『…クエビコ様、何が〝心得たり〟なんだろう?』


 チュルヒコはクエビコの言葉に戸惑いながらつぶやく。


「さあな、…とりあえずクエビコ様が話し始めるのを待とうぜ……」


 そんなクエビコが言葉を発するのを一人と一匹はドキドキしながら待つ。


『…スクナ、チュルヒコよ。お主たちのなすべきことは……』


 クエビコは重々しく口を開く。


『…この辺りのネズミたちを味方につけることだ』

『ネズミたちを味方につける?』

「でも、どうやって?」

『うむ、この辺りのネズミたちは食べ物の不足に悩んでいるようじゃ。ここに三つのおにぎりがある』

『あっ、本当だ』


 よく見ると、クエビコが立っている棒の根元のすぐそばに、おにぎりが三つ供えられている。


『これらのおにぎりはこのクエビコへのお供え物じゃが、三つのおにぎりのうちの二つを特別にお主たちに譲ろう。残る一つは置いていってもらうがな』

『えっ、いいの?』

「ありがとうございます」

『うむ、ネズミの穴はここから一番近い小高い山のどこかにあるようじゃ』

「正確な場所はわからないの?」

『わからぬ』

『…うーん……』


 話を聞いていたチュルヒコが首をひねり出す。


「どうした、チュルヒコ?」

『うん、ネズミの穴の場所もわからないし、二つのおにぎりもネズミたちの胃袋を満たせるのかどうかわからない。正直クエビコ様の話を聞いてても、本当にネズミたちを味方にできるとは思えないんだけど……』


 チュルヒコはクエビコの話に疑問を投げかける。


『…チュルヒコ、それにスクナも、よーく聞くがよい』

『…はい……』

「何?」

『このクエビコ、お主たちに進むべき道を示すことはできる。しかしその道を実際にどのように歩むのかはお主たち次第だ。今回の場合だったら、このクエビコはネズミを味方につけるべきことを示した。しかしそれをどのように実行するかは、結局はお主たちにゆだねられているというわけだ』

「なるほど、つまり……」


 クエビコの言葉を聞いたスクナビコナが答える。


「クエビコ様は僕たちが何をするべきかを教えてくれたり、僕たちのすることをいくらか助けてくれることはあっても、最終的には問題は僕たち自身で解決しなければならない、って言いたいんだね」

『そういうことだ』

「だってさ。納得したか、チュルヒコ?」

『うん』

「よし…、クエビコ様、もう十分だ。あとは僕たちでなんとかやってみるよ」

『うむ、スクナ、チュルヒコ。このクエビコ、お主たちの成功を祈っておるぞ』

「うん、ありがとう」

『ありがとうございました』


 スクナビコナとチュルヒコはクエビコに礼を言うと、二つのおにぎりを袋の中に入れて、近くの山に向かって歩き出すのだった。

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