スクナビコナとネコ退治④―チュルヒコよ!まさか逃げ出すつもりか?お前は男じゃないのか!!―

「さてと、そろそろ寝るか。明日に万全の状態で戦うために今晩は十分に休んどかないとな」


 そう言うと、スクナビコナは下に〝ねずみ皮〟を敷いて部屋で横になる。


『うん、そうだよね』


 そう言いながら、チュルヒコもスクナビコナのすぐそばで横になる。


「…おい、一応言っとくけどな……」


 そう言いながら、スクナビコナはチュルヒコを疑わしげな視線で見る。


『な、なんだよ!』

「お前、僕が眠ってる間にここから逃げ出そうとか考えたりしてないだろうな?」

『か、考えてないよ!』

「本当か?」

『本当だよ!…僕だって、ここのネズミたちがネコに悩まされてるってことくらいわかるよ。だからさ……』

「…だから、…なんだ?」

『…怖いけど、…もしネコを退治できるんだったら、絶対に退治したほうがいいし…、もしそのために僕にも何かできるんだったら……』

「…ふん、ようやくお前もネコに立ち向かう気になったか……」

『…でもさ、思うんだけど……』

「…でも、なんだ?言ってみろよ」

『うん。はっきり言って今の僕がネコとの戦いに参加しても、スクナの足手まといになっちゃうと思うんだ。それなのになんで僕を連れて行くことにこだわるの?』

「…ふん、そんなことか……」


 そう言うと、スクナビコナはしばらくうつむいて、考え込んでいるような素振りを見せる。


「今日も言ったけどな、お前を強くするためだよ」

『それにはネコを退治することが必要なの?』

「今のお前に必要なのはまずは〟場数を踏むこと〟だ。そこからしてお前は決定的に足りてないからな。まあ、今回のお前は戦いに参加するだけでいい。ネコ退治のほうは僕一人でやる」

『僕はその場にいるだけでいいってことか』

「ああ、あともう一つ理由がある」

『何?』

「ネコを倒したのは僕ではなくお前だということにするためだ。どうせここのネズミたちは、僕たちがネコを退治するときにそれを直接見ることはないだろうからな」

『えっ、なんでそんなことをするの?』

「お前を〝ネズミタケル〟として地上のネズミどもの間に広めるためさ」

『…そんなことをしてどんな意味があるの?』

「お前が地上で〝ネズミの英雄〟として名を上げて有名になれば、今後僕たちは地上にいる間にネズミの協力を得やすくなる」

『ふうん、そうか……』

「そういうことだ。感謝しろよ、おまえに手柄を譲ってやるんだから。まったく、何もやってないくせに英雄になりやがって……」


 スクナビコナはチュルヒコを皮肉るように言う。


『…それは言わないでよ。正直傷つくから……』

「まあ、いいや。さあ、そろそろ寝ようぜ。夜更かししてもいいことは何もないぜ」

『うん、そうだね』


 そうして二人が目を閉じ、眠りにつこうとしたときである。


『…あの……』


 何者かが一人と一匹のいる部屋に入ってきて、ひそひそ話しかけてくる。


「…うん……?」

『…なに……?』


 その声で、一人と一匹は起きて、目を開ける。その目の前にはハツカヒメの姿が。


『…このたびはあなた方にお願いしたいことがあって参りました』

「お願い、…どんな……?」

『お願いです!今すぐここから逃げてください!』

『えっ!』

「なっ!」


 ハツカヒメの言葉はスクナビコナとチュルヒコを驚かせる。


『私はネズミタケル様…、いえあなた方を失いたくないのです!今だったら誰にも気づかれることなく、ここから逃げ出すことができるはずです!さあ、早く!』


 ハツカヒメは一人と一匹にこの穴からの脱出してくれるよう懇願する。その両目には涙が浮かんでいる。


『…う、…うーん……』


 その言葉を聞いて、チュルヒコはその場でうなりながら考え込んでしまう。


「…ハツカヒメ、悪いんだけど、少しの間だけ部屋から出て外で待っててくれないかな?僕とチュルヒコだけで話がしたいんだ」


 スクナビコナは神妙な顔をしながらハツカヒメに言う。


『…わかりました。でも、なるべく早く決めてくださいね』


 ハツカヒメはスクナビコナの願いを聞き入れ、部屋から出て行く。


「…なあ、チュルヒコ……」


 ハツカヒメが部屋からいなくなると、スクナビコナはおもむろにチュルヒコのすぐそばに近寄っていく。


『えっ、何?』

「もう今晩は眠れよ!」


 そう言うのと同時に、スクナビコナはチュルヒコの腹部を殴りつける。チュルヒコはぐふっ、という言葉とともにその場に崩れ落ちる。


「…ハツカヒメ、もう入っていいよ」


 スクナビコナがそう言うと、すぐにハツカヒメが部屋の中に入ってくる。


『…ネ、ネズミタケル様!スクナ様、これは一体どういうことです?』


 ハツカヒメは倒れている〝ネズミタケル〟を見て動転し、スクナビコナに詰め寄る。


「ああ、大丈夫だよ。タケルは眠っているだけだから」


 スクナビコナは冷静にハツカヒメに対して答える。


『眠っているだけ?』

「そうなんだ。僕はタケルをいっしょに逃げるように一生懸命に説得したんだけど、とにかくタケルが頑固で絶対にネコを退治するって言って聞かないんだ。そしてもうこれ以上の話し合いは無意味だから明日に備えて早く眠りたい、って言って、もう寝ちゃった、って訳さ」

『…そんな……』


 ハツカヒメはスクナビコナの言葉を聞いてショックを受ける。


「まあ、そういうわけで悪いんだけど、やっぱり僕たちは明日予定通りにネコを退治しに行くから」

『…そうですか……』


 すっかり気を落としたハツカヒメは最後にスクナビコナに対して、絶対に無事にここに帰ってきてください、と言い残す。

 そんなハツカヒメにスクナビコナは、ハツカヒメがそう言っていた、とタケルに伝えておくと応じる。

 そうしてハツカヒメが部屋を去ったあと、スクナビコナもネズミ皮の上で眠りに落ちるのだった。

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