スクナビコナとネコ退治③―チュルヒコ、泣いてる場合じゃないぞ!もうお前はネコを退治するしかないんだ!!―

『なんてことを言ってくれたんだ!』


 チュルヒコはそばにいるのがスクナビコナだけになると激怒する。

 あのあとスクナビコナが言い出したとおりに、話はスクナビコナとチュルヒコがネコを退治することに満場一致で決まった。

 チュルヒコは〝ネズミタケル〟としてその場のネズミたちからあらん限りの称賛の言葉を浴びた。

 きっとあなたが本気になれば、あんなネコなんぞ、一瞬で自慢の歯で噛み千切ってしまわれるんでしょうな!

 まったくだ、この世にネズミに噛みつくネコは大勢いるが、ネコに噛みつくネズミはあなただけだ!

 あなたはここにいるネズミたちの、いや地上にいる全てのネズミたちの希望だ!

 とにかくあなたがここに来てくれた以上、ネコは退治されたも同然だ!

 そうだ、明日から我々はネコにおびえずに生活できる!

 そうしてひとしきり〝ネズミタケル〟を褒める言葉を並べたあと、その場のネズミたちは皆大笑いした。もはやネコはすでに退治されたと言わんばかりに。

 そしてチュルヒコのほうに期待に満ちた視線を向けた。

 そのあと、穴の中の一室を今晩泊まる場所として案内され、今は一人と一匹で、ここで過ごしているというわけである。


『…あー、僕はもう終わりだ。明日ネコに食べられちゃうんだ。まだ地上に降りてきたばかりなのに…。こんなことなら高天原にいればよかったんだ……』


 チュルヒコはスクナビコナに怒った後、今度は部屋の隅っこでうずくまり、ぶるぶる震えながら、泣き出す。

 もはやこの穴の全てのネズミが、明日チュルヒコがネコを必ず退治してくれると信じきっている。

 今さら自分にネコを退治することはできない、などと言い出せる雰囲気ではない。


「…まったく、いきなり怒ったり、そうかと思えば泣き出したり、忙しいやつだ……」


 チュルヒコの様子を見ながら、スクナビコナは呆れたように言う。


『誰のせいでこうなったと思ってるんだよ!』


 そんなスクナビコナの態度はチュルヒコの神経を逆なでする。


「…まあ、僕のせいだな……」


 スクナビコナは事もなげに言う。


『その通りだよ!全部スクナのせいでこんなことになったのに、なんとも思わないの?』

「…わからないな。なんでそんなに怒ってるんだ?お前は英雄タケルになったんだぞ?こんなに喜ばしいことはないと思うけどな。まあ、実際にはお前はまだ何もやってないけどな」

『僕は英雄になりたいなんて一言も言ったおぼえはないよ!僕はスクナのせいで明日ネコに食べられちゃうことを問題にしてるんだ!』

「おいおい、まさかお前は明日おとなしくネコに食べられる気じゃないだろうな?」

『僕だって食べられたくないよ!でもあんなやつに勝てるわけないよ!』

「ふん、やっぱりお前はやる前からあきらめてるじゃないか。まだやってもいないのになんで結果がわかるんだよ。まあいい、どうせはじめから僕が一人でネコを退治してやるつもりだったからな」

『えっ、できるの?でもどうやって……』

「ふふ、僕がなんの策もなくあんなことを引き受けると思うか?…そろそろ来るころだと思うけどな……」

『…えっ、何が……?』

「実はここのネズミたちにあるものを集めてもらうように頼んでおいたんだ」

『あるものって何?』


『スクナ様、あなたに言われていたものを集めました』


 チュルヒコが質問したのとほぼ同時に、二匹のネズミが部屋の中に入って来る。その口には何か皮や毛のようなものがくわえられている。


『これくらいあればよろしいでしょうか?』


 そしてネズミたちはそのままスクナビコナのすぐ前にやってくる。


「うん、十分だ、ありがとうよ。とりあえずお前たちが持っているものはその辺りに置いといてくれ」


 するとネズミたちは口にくわえていたものをスクナビコナに指定された部屋の隅に置いて、その場から立ち去る。


『…これは、…ネズミたちの毛と皮だ』

「ああ、これこそ僕がネズミたちに集めてくれるように頼んでおいたものだ」

『こんなものを集めてどうするの?』

「この、ここのネズミたちの毛と皮を繋ぎ合わせるのさ」

『繋ぎ合わせる?』

「ああ、そうさ」


 そう言うと、スクナビコナはネズミたちが置いていった毛と皮のそばに移動して、座る。

 そして自分の服と帯の間に挟んでいた針を抜き、さらに鞘代わりの藁も抜く。


『…これからその毛と皮で何か作る気なの?』


「ふふ、まあ見てろよ」


 そう言うと、スクナビコナは〝作業〟を始める。

 まずはネズミの皮のほうに針で穴を開け、その開いた穴にネズミの毛を通す。そしてその毛を複数の皮の穴に通して行き、どんどん皮を繋ぎ合わせていく。そうしてついには一つの大きな毛皮を完成させる。スクナビコナはこれらの作業を非常に手際よくテキパキとこなしていく。


「どうだ、できたぞ!〝ネズミ皮〟の完成だ!」


 スクナビコナは嬉しそうにそう言うと、完成した〝ネズミ皮〟をチュルヒコの前で掲げて示してみせる。


『…ネズミ皮?』

「そうさ、これさえあれば僕は完璧にネズミに化けることができる!ちょっと試しに着てみるから見てみてくれよ」


 そう言うと、スクナビコナは〝ねずみ皮〟をかぶる。


「ははっ、どうだ!どこからどう見てもネズミにしか見えないだろう!」


 スクナビコナは自慢げに〝ネズミ皮〟を着たまま、チュルヒコの周りをくるくる回ったり、飛び跳ねたりして見せる。


『…う、うーん、…とりあえず遠くから見ているぶんにはネズミにしか見えないと思うけど……』


 そう言いながら、チュルヒコはスクナビコナを疑わしげにじーっ、と見る。


「なんだよ、言いたいことがあるならはっきり言ってみろよ」

『…その皮は結局ネコを退治するときにどんな風に役に立つの?』

「ああ、これを着るのは僕がおとりになるためさ」

『オトリ?』

「そうさ、そうでもしないとお前だけがネコに狙われるからな。これを着てりゃあヤツの注意もいくらかは僕に向くだろうからな。わざわざお前のためにこれを作ったって訳だ、感謝しろよ!」

『…本当にそんなものでネコをだませるのかな?』

「なんだよ、まだ疑ってるのかよ。いいか、ネコは目で物を見分けるだけじゃなく、鼻でにおいをぎ分けたりもするんだ。この毛皮にはこの穴のネズミたちのにおいがしみこんでいる。必ず騙されるはずだ」

『…ふうん、…そうだといいけど……』

「ふふ、大丈夫さ。それにこの皮はこの穴のネズミたちの毛と皮から作られているんだ。いわばここのネズミたちの血と汗と涙の結晶だ。僕はそんな皮を身にまとうことで、ネズミたちの思いや魂といっしょにネコに立ち向かうって訳だ。どうだ、カッコいいだろう!」

『…確かに本当にスクナがその皮を着てネコを退治できたら〝カッコいい〟だろうけどね……』


 チュルヒコはあくまで冷ややかな調子で言う。


「ふん、言っとけ、言っとけ。必ず僕は勝つ!」


 こうしてスクナビコナは自信を胸に、チュルヒコは不安を胸に、明日の戦いに思いを馳せるのだった。

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