スクナビコナとネコ退治②―ハツカネズミたちの悩み。えっ、チュルヒコが〝ネズミタケル〟?―

『…いててて、…スクナ、酷いよ……』


 スクナビコナに強引に穴に入らされたがゆえに、穴の中を転げ落ちる羽目になったチュルヒコはスクナビコナに文句を言う。


「ふん、お前がグズグズしてるからだよ」


『…それにしても、ここは?ずいぶん暗いけど……』


 何とか起き上がったチュルヒコは真っ暗な周囲を見回してみる。


『私たちが住んでいる穴です』


 栗色の毛のネズミがチュルヒコの問いに答える。


『この穴の中にはネコも入ってくることはできません。穴の入り口はネコが入るには狭すぎますから』

『助けてくれてありがとう。…そう言えば、まだ名前を聞いてなかったね?』

『はい、私の名前はハツカヒメと申します。この穴のネズミたちの首領であるハツカヒコの娘です』

『そうか、ハツカヒメか。…いい名前だね……』

『…そんなことを他の方に言われたのは初めてです……』


 そう言われて、ハツカヒメは頬を赤らめる。そしてチュルヒコとハツカヒメはしばらくの間、お互いを見つめあう。


「…おい、取り込み中のところを悪いんだけど……」


 そんな二匹のネズミの間にスクナビコナは強引に割って入る。


「ひとまずあんたの父親に会いたいな。ここのネズミたちの中で一番偉いんだろう?」

『は、はい、わかりました!案内します』


 そう言うと、ハツカヒメは穴の奥へと行ってしまう。


『スクナ、なんで邪魔するんだよ!もっとハツカヒメと話をしたかったのに』

「お前はバカか!僕たちはここにいちゃいちゃしに来たんじゃないぞ!」


 スクナビコナはチュルヒコの文句を一蹴すると、先にハツカヒメのあとについていく。


『…ちぇ、なんだよ……』


 一匹取り残されたチュルヒコはそう言いつつも、スクナたちのあとについていくのだった。



『…そうか、あなた方もあそこのネコに襲われましたか……』


 スクナビコナはハツカヒメにハツカヒコの部屋に案内されたあと、ここに来るまでの経緯を話した。

 それを聞いた直後、ハツカヒコはそう言って、考え込んでしまう。

 この穴全体の中ではかなり大きいらしいこの〝一室〟には、ハツカヒコやハツカヒメ以外にも大勢のネズミたちが集まっている。その体の毛の色は皆、ハツカヒメと同じく栗色である。


『あのネコには私たちは本当に苦しめられています。あそこの倉庫には大量の米があって、それは、以前は私たちの貴重な食べ物になっていたのですが……』


 ハツカヒメが沈痛な面持ちをしながら話し始める。


『ある日からあそこにネコが現れるようになって、おかげで多くの私たちの仲間たちが犠牲に……』

『くそっ、あのネコは人間に取り入って、俺たちを食いたいだけ食って、こっちには食べ物を渡さないつもりなんだ!』


 ハツカヒメに続いて、その場にいた若いオスのネズミが吐き捨てるように言う。


『我々はあのネコが現れてからというもの、以前のように食料を確保することもままならず、非常に苦しい生活を強いられております……』


 最後にハツカヒコがため息をつきながら、嘆く。そしてその場のものたちは皆沈黙し、重い空気が流れる。


「…ねえ、そのネコ、僕たちが退治するよ……」


 その沈黙をスクナビコナの言葉が破る。


『…な、…今なんとおっしゃられましたかな……?』


 その全く思いがけない言葉に、思わずハツカヒコが聞き直す。


「だから僕たちがネコを退治する、って言ったんだ」

『そんな、無茶よ!だいたいあなたたちはネコに襲われてここまで逃げてきたじゃありませんか?』

「それは、あのときは突然ネコと出くわしたので、倒すだけの十分な準備ができていなかった、ってだけの話さ」


 ハツカヒメの呈した疑念にもスクナビコナはよどみなく答える。


「それに言っとくけど、僕たちは結構すごいんだぜ」


 そしてスクナビコナは自信満々といった様子でさらに言う。


『どうすごいんですか?』


 その場にいるネズミの一匹が聞く。


「ふふん、それはね……」


 スクナビコナはもったいぶった様子で話し始める。


「僕たちは地上よりはるかに高い天上の世界である、高天原という場所からここまでやって来た。その途中では百匹、いや千匹のネコを退治し、少なく見積もっても一万匹以上のネズミを解放したんだ!」

『ほ、本当ですか!』

『すごい!』


 その場にいたネズミたちから一斉に歓声が上がる。


「ふふふ、すごいだろう?僕の名前はスクナビコナ、まあ、スクナって呼んでくれ。それとこっちにいるネズミだけど、特にコイツはすごいぜ!」


 そう言うと、スクナビコナはすぐ隣にいるチュルヒコのほうを両手で示す。


『…え、…僕……?』


 チュルヒコは予期せぬ形で突然注目を浴びて戸惑う。そんなチュルヒコをよそに、スクナビコナはさらに話を続ける。


「コイツは〝ネズミタケル〟といって、高天原では最強のネズミと言われていた。もちろん地上に降りてからも最強であり続けている。コイツの自慢の歯はもうすでに何匹ものネコを噛み千切っているんだぞ!」


 ええっ、すごい、などとまたもネズミたちの間から歓声が上がる。


『ちょ、ちょっと、なんでそんな…、むぐぐ……!』


 なんでそんな嘘をつくんだ、と言おうとしたチュルヒコの口はスクナビコナによって素早くふさがれる。

 結局、その場はスクナビコナと〝ネズミタケル〟がネコを退治することに決まるのだった。

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