第44話「敏腕女子記者」

 街壁から降りて、僕たちはお母さんと合流した。フェリクス、スミッツの二人はそれぞれの持ち場に戻る。令嬢ノルーチェもまた、救援活動に忙しくしているようだ。


 帰りがけ、同じく帰りがけの突撃記者と遭遇する。

 あっ、タチアナ記者さん。まだ取材していたんですか。熱心ですね。スクープは取れました?

「あら。とっても可愛い赤ちゃんですね」

「そうですか?」

 おっと。僕の溢れんばかりの魅力が、報道を引き留めてしまったね。

「お母様によく似てらっしゃいます」

「そうでもないですよ~」

 お母さんはまんざらでもない表情だ。とにかく僕がどちらに似ているかで夫婦がモメたくらいだから、似てると言われれば嬉しいし、可愛いと言われればもちろん嬉しいであろう。

「私こういう者です」

 タチアナ記者は名刺を差し出した。

「【お宅の赤ちゃん探訪。いつもお母さんといっちょ】の取材を担当しております」

「まあっ! 大好きなコーナーです」

 お母さん大興奮ですよ~。フッ、単純だね。

「ぜひ取材を! 貴族様たちのあいだにも広げたいのです」

「私の友人たちも、あのコーナーを楽しみにしておりますわ」

「どうぞこれからも、よろしくお願いします」

 お母さんも名刺を出す。これもまた、今日の成果だ。

「ぜひとも、その可愛らしい赤ちゃんを取材させていただきたいです」

「それは、まあ。でもラン君はごく普通の赤ちゃんです。特に紹介するような子では……」

 まっ、まあねえ。芸の一つもできない赤ん坊ですよ。どうせ。

「大丈夫です。そのへんは私どもお任せください。演出しますので」

 で、デターーッ。捏造宣言!

「はあ……」

 いやいや、いや。そんな小細工を使わなくたって、僕のありのままを記事にしてくれれば、人気は十分に取れますって。人気者の僕赤ちゃんに任せなさい。

「天井に素晴らしい絵画を描かれているそうですね」

「えっ?」

「ぶっ?」えっ?

「そちらもぜひ、拝見させて頂きたいです」

「あっ、あの。主人と相談してみませんと……」

「ぜひ! 良い返事をお待ちしております」


  ◆


 帰路の馬車。お母さんは複雑な表情だ。

 僕としては、今日はなかなかの収穫だったね。

 教会も頑張って手伝ってくれているみたいだし、お爺ちゃん司教さんにも感謝だよ。

『城壁内はローデン・リッツ中央教会に任せているである。聖教としては、遠く離れた森で戦っているである』

 うん……。そちらも、ちょっと見てみたいかな?

『好奇心旺盛であるか?』

 そうさっ。

「困ったわねえ。ランに何て話そうかしら……」

 絵の件かあ。どこから情報が漏れたんだ? 一番口の軽そうな人が犯人だよなあ。一体誰だ? 赤ちゃん名探偵が推理してみましょうかね。


「あー、それはだなあ。実は父が王都ウイークリーの取材を受けたんだよ。このあいだ」

「じゃぁその時に――」

「どうかなあ? つい言ってしまった、とかあるかもね。秘密じゃないし」

 お父さんは、やれやれといった表情を作って言う。

 あっというまにホシが判明した。推理する間もない。

「それで【いっちょ】の取材だけど……」

「断ってくれ」

「えっ」

 ありゃ、あっという間に否定しちゃった。

「なぜですか?」

「おいおい、よく考えてくれよ。王政の中枢にかかわる家に、新聞社がやって来て根掘り葉掘り取材するなんてまずいだろ」

「あれは、そんなコーナーではないわ。子育ての苦労とか、子供の成長がどれほど幸せか。そんな趣旨です。子育てに悩む母親たちが、どれほどあの記事に救われているか……」

 ガーン! お母さんは僕を育てるのに悩んでいたの?

「悩んでいた?」

 おーっと。すかさずお父さんは突っ込む。

「いえ。私じゃありません。知り合いの夫人の皆様の話です」

「また、そうやってごまかす」

「なんですか! 大切な子供の成長を悩んではいけないの?」

「そうじゃなくて、取材の話を――」

 あらら。また始まってしまった。二人の喧嘩は僕の娯楽――、悩みの種だよなあ。

 やれやれだ。

 まっほどほどにね。


 しかし、駆け出しなんてとんでもない。あの女子記者はなかなかやり手だよ。さすがメガネっ


 ◆


 静かな夜。暗闇の中、いつものように天井を見つめる。

 皆が力を尽くして戦っている。赤ちゃんはただ守られて眠るのが仕事だ。

 皆も成長し混乱の中、進むべき道を探していた。

『信じる道を見つけて、そこに向かって進むが良いである』

 将来聖女の言葉だ。さすが宗教屋さんだね。でも――。

 他の世界からやって来た僕には、この世界に道なんてないよ。

 ここは単なるラノベの世界だし。

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