第31話「発売! 勇者仮面」

 僕の部屋に来るなりお父さんは愚痴る。

「あの黒い鎧は頭が痛いよ……」

 またまた僕が噂の人になってしまった。時々静かに戦っているだけなのに、王政の人たちはヒマだねえ。

「魔獣が王都街壁に迫っているのも問題だが、全く厄介な相手が現れたものだ」

「勇者仮面でしょ? ちょっと噂になっているわ。人気はいまひとつのようだけど」

 誰それ? 僕は自称暗黒騎士ですが……。

「人気はおいといて、あのアバター化身具現バーサーカー狂戦士だ。これからどうなるか分からん――」

 バー……、狂戦士!? 僕は普通の中流人間ですよ。そんな、とんでもない! あの姿の分類なのか?

「――それにもう一体も厄介だよ。あれはネオビースト猛獣新なんだから」

 それは合っています。

 お母さんはぬいぐるみを床から拾い上げた。

「これね」

「まさか市販のぬいぐるみで、イメージするなんてなあ」

「この森のクマさんぬいぐるみが、一番人気なのよね」

「調べさせたら、もう三千体も生産されている。持ち主は追い切れないんだ」

「この家にあるくらいですからね。このぬいぐるみを持っている誰かが、作り上げたアバター化身具現なのね」

 お父さんは僕をチラリと見た。疑われている?

「アル君のお気に入りは騎士人形よ。クマは退治される側。令嬢も退治される側なのよねえ……。困ったわ」

「んー、その問題も大きいかもなあ。いやいや。ネオビースト猛獣新は赤ん坊が無闇に暴れてるのとは、動きが違うさ。それなりの年齢だ。ところで……」

 お父さんはテーブル上の袋から、何やら人形を取り出した。

「部下にぬいぐるみ収集癖を持つ者がいてね。こんな最新作が発売されたと持ってきたよ」

 それは暗黒騎士改め、勇者仮面の人形であった。かっこい~。大人気間違いなしだね。

 最初に言っていた噂は、人形を含めたことでしたか。

「勇者仮面ミカエル・コサキというらしい。勝手に聖人名をつけて、どうも流行らせたいのだろう」

「商売人はそういうところが上手よねえ。それ、どうしたの?」

「俺にくれたんだよ。小さなお子さんがいるだろうってね」

「誰から? 女性職員からのプレゼントなんだ。それってどうなの?」

「いや……」

「アル君がダシにされちゃったみたい。気分悪いよねー」

 何やら話があらぬ方向へ進んでいる。お母さんは僕に振ってきた。

「ばばばぶーぶー」僕は何とも言えませんよー。

 と無関係を主張した。

「必要経費として落としたよ。これは評価試験用として持ち帰った」

 いいでしょう。勇者としてユルクマを成敗させましょうか。バカ騎士も、悪役令嬢もまとめて。

「可愛らしい部下さんなのかしら?」

 ……まだ話は終わっていないようだ。お父さんピーンチ!

「いやー。どうなのかなあ。あの歳で、ぬいぐるみや人形大好きなんて、どうかと思うけどね」

 可愛らしい、の部分をスルーして話をそらした。嘘でも何でも容姿をちょっとだけ小馬鹿にして、笑いに持って行けば逃げられるのに……。お父さんって真面目だなあ。

 ぬいぐるみが大好き、なんて誰も聞いていないんだし。たぶんその人、可愛いんだな。

 スタイルばつぐんで愛嬌もある。上司に気を使い誰にでも優しくて、職場でアイドル的ポジションに収まっているのだろう。


 僕の人形コレクションに勇者仮面ミカエル・コサキが加わった。

 今はユルクマ人形が一番人気らしいけど、これからは勇者仮面の時代が来るな。頑張って戦わないと。

 人形を床に並べる。全部で四体。ちと弱いか。僕が中心に立つためには、奇数にならなくては。

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