第30話「趣味的献身と策」

 翌日、お母さんは僕をおぶって王都中央教会に向かった。メイドと護衛兼任の使用人がお供する。我がブラウエル家は庶民的上級貴族なのです。

「これはこれは、フランカ様。何か問題でも?」

「いえ。息子とは違う、別のご相談がありまして……」

「ほう……」

 対応してくれるのは、お馴染みのお爺ちゃん司教様だ。

 元気そうじゃん。

「あくまで相談なのですが……」

 うーん。やはり目的は昨日の話、M令嬢の件か。

 本当ならば最初は修道女さんぐらいに話す内容なのだが、いきなり司教が出てきた。で、修道女さんも三人いる。大袈裟な対応で、お母さんはちょっと戸惑っているみたい。

 とりあえず一通り昨日の話、ハウスマンス公爵家の令嬢について説明をする。

「そうですか……。貴族街は未だ被害が出ておりませぬが、庶民の街はそうでもありません。特に被害著しい地区があります」

「そうですか。教会の重荷にならないよう、私たちもお手伝いいたしますから」

「うーむ……」

 司教様さんは難しい顔をした。まあ、責任者としては余計な仕事が増えるよね。

「とてもよろしいお話だと思います」

「はい。私たちも助かるし」

「貴族様たちのスキルで助けていただきたいわ」

 修道女さんたちは好意的だ。たぶん猫の手も借りたいほどの忙しさなのだろう。

 猫といえば――。部屋の隅っこでピンク子猫がこちらを見ている。中央教会での話は、聖教総本山に筒抜けだ。まあ、隠すことでもないけど。

「お前たち。楽をしたがるそのようなことを、軽々しく言ってはいけないな。公爵家から持ち込まれた話なのだぞ」

 お爺ちゃんはハウスマンス公爵家の案件と理解した。さすが先を読んでるね~。

「いえいえ。そのような大げさな話ではなく、何かしらお手伝いさせていただければと」

 お母さんは両手を振って否定し、柔軟に対応しない司教をとりなした。これはノルーチェ令嬢の趣味的献身なのだ。

「こちらは大いに歓迎いたします。が、貴族側から何か言われたり、王政側の反応だったりそちらの方が問題なのですよ」

「分かりました。そちらはこちらで何とかいたしますので」

 ブーブー言って首を突っ込んでくるヤツらはいるよね。それなりに問題はあるかと思うけど、お母さんは簡単に言う。

「ブラウエル一等伯爵家が、そう言ってくださるのならば……。教会としても前向きに検討いたしましょう」

 お父さんやその実家、ママ友人脈その他モロモロを使えば可能なのである。たぶん。

「なるほど。貴族子弟を巻き込めば、教会に対してそれなりの助力も得られますかな?」

 司教様は少し視野を広げた。ただし自分中心で。

「それはなんとも……」

「言わば人質ですな。いや、これは例えが悪い。忘れてください」

「はあ……」

 お母さんは忘れないぞ。僕も。でも本音は事実だし、結果が良ければ動機は問わないよ。

 司教様は年寄りらしく策士だね。

 修道女さんたちは少し顔をしかめた。私たちは違いますよと、無言アピールする。


  ◆


 お母さんはその足で、お父さんの実家へと向かった。おじいちゃんは仕事で不在であり、お婆ちゃんが出迎えてくれる。

「まあ、よくいらっしゃいました。どうしたのですか? 急に」

 リビングに案内され、お婆ちゃん自らがお茶を入れてくれる。茶菓子はタルトだ。いや、こんな時に……。

 けっこう深刻なお母さんは、タルト談義には気が回らない。ことのはじまりの経過、そして教会での話などを説明する。

 なるほど。ここで僕が活躍するわけだ。お手伝いしまっせ~。

「おばー、ばぶーっ!」ちょっと頼むわっ!

「まあまあ。アル君からもお願いかしら?」

「ぶー……」そうです……。

「ハウスマンスのお嬢様がそんなことを……。まだ子供なのに立派なのですね。分かりました。集まりで話してみましょう」

「助かります。行きがかり上お手伝いすることになりました。とても良い試みだと思いますし」

「はい。あの人も動いてくれると思いますわ。枢密院ってあれでも役に立つのよ。孫みたいな子供たちの思いを無下にはしないでしょう」

「はいっ」

 お母さんの表情が明るくなった。二つ目をクリアだ。

「今回の災害で夫人会の皆様も動揺なさってますから、何かしら行動すれば自信になるでしょう」

「ありがとうございます」

「バブー」サンキュー。

 うむ。お婆ちゃんが所属する夫人会なる組織は、なかなか力があるようですなあ。

 お母さんはタルトを平らげ、とってつけたように美味しい、と言ってお婆ちゃんに笑われてしまう。

 僕らは屋敷を辞退した。

 さてさて。次の問題はお父さんへの説明だよね。二人はまだ夫婦冷戦の真っ最中なんだなー。


  ◆


「帰って来たわ……」

 窓際に立つお母さんはつぶやいた。これから難しい交渉に臨むのだ。僕も緊張してきた。

 お父さんはまず帰宅すると僕の部屋に来て挨拶をするのだ。まるで忠誠心の高い家臣であるな。

 しかし今夜は違った。僕たちは下僕となる。

 僕は床にうつ伏せに寝かされる。お母さんは隣で土下座する。この世界にもあるんだあ。土下座。

 なんとかしなくちゃ。ただのうつ伏せではいけないと思い、僕は必死にお尻を突き上げる。正座できないのでこれが精一杯。

 しかし、今の僕の姿って土下座を超える究極の謝罪をスタイルだな。なぜ僕が?

「うわっ! 一体どうしたんだ。ニ人とも」

 扉を開けたらいきなりこれじゃあ、驚くよなあ。

「あなた様にお願いがございます」

「ばばばぶーぶぶーおとー」ちょっと頼みたいことがあるんだけどさあ。

 お母さんが頭を下げた、僕も慌てて頭を下げる。

 なぜ僕が? ドM令嬢のために?

 理屈は分からないけど、僕はお母さんを応援しなきゃダメだと感じたんだ。絶対そうすべだと思ったんだ。

 お尻をグッと開けて一段高とする。これでどうだ!?


 お父さんが口を開く。

「驚かすなよ。言いたいことは大体分かる。今日書類が回って来たからな。さあ頭を上げてくれ」

 早っ! ハウスマンス案件って最重要?

 まだお母さんはそのままだ。僕はまた頭を下げる。

「いや、気持ちはよく分かるんだ。俺も悪かった。顔を上げてくれ」

 お父さんはひざまずいた。

「私……」

「ブラウエル家としても立場があり、ノルーチェ様の計画を許可した。行きがかり上、我がブラウエルは協力しなければならない。それを君に頼みたいんだ。やってくれるか?」

「あなた……。もちろんです」

 ふーむ。この状況でお父さんから頼む! ですかあ。やるね。

「ただし戦いは絶対にダメだ。もしその時が来たら、逃げるんだ。ノルーチェ様たちを守ってな」

「はい」

 ふう。一件落着だね。

 ただ、ドMが無茶しなければいいけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る