第29話「高貴なる令嬢Mの義務」

 お父さんとお母さんはあいかわらず忙しい。王都は平和でも街壁の外で戦いは続いていた。

 昼間の僕はひたすら休息だ。夜は忙しいし。

 昼寝タイムが終わり、窓際に置かれたベッドで、ぼんやりと外を眺める。

 すると――。

 げっ! 令嬢Mがやって来た。怖い女子ばかりに遭遇してしまう。

 いつものように、ぞろぞろとお付きの人たちがいるが、全員外で待たされる。それほど長居をしないようだが、姿がいつもと違っていた。

 高そうな革の軽装鎧を付けて剣を下げている。だけど元がドレスふう衣装だからスカートなんだよな。まあ、スカートで戦うって、美少女系アニメもあるか。

 何しに来たんだ? あんなコスプレで。

 そして二人で僕の部屋にやって来た。お母さんは僕をベッドから下ろしてくれ、テーブルを挟んで座る。

「わたくし、学友たちと騎士団を結成いたしましたの。フランカ様に騎士顧問をお願いしたく参りましたわ」

「そうですか……」

 お母さんは困り顔だ。小学生の騎士団なんて、単なる迷惑組織でしょうに……。

「それで、どのような活動を?」

「森に討って出て、魔獣軍団を撃滅いましますわ」

 M嬢ハウスマンス・ノルーチェは立ちあがり胸に手を当てる。悪役令嬢らしい自己陶酔ぶりであるな。

「我ら華麗なる栄光団の意気は盛ん。必ずや成し遂げられるでしょう」

 ははーん。性格と貴族の義務がとやらで、すっかりその気になっているんだな。子供的には盛り上がる展開なのだろう。その気持ちは分かるけど、無理に決まっているでしょうに。君たちは、しょせん子供でしょ。

「ん~」

 さて、お母さんはどう答えるやら。このあいだとは、立場が逆だ。ニヤニヤ、ニヤニヤ。

「何名集まったのですか?」

「死を厭わない、十三名の精鋭です」

 不吉だなあ。死亡フラグだよ。子供精鋭全滅。

「皆様のご覚悟。このフランカ、感服いたしました」

 おっ。まずは褒めるか……。

「ところでどなたかに、魔獣討伐の経験はあるのですか?」

「ありません……」

 ノルーチェは困ったような表情をする。痛いところを突かれたのだろう。実績はゼロ回答だ。

「我ら戦いに覚醒を見い出します。限界の先に新たなスキルを見出し、高貴なる義務を遂行いたしますわ」

 いやあ。アニメならピンチもチャンスだけど、現実は厳しさしかないですよ。あの魔獣は凶悪だったですよ。

 お母さんはしばし思案した。そして指を一本突き立てる。

「一分です。一名五秒弱。全員が殲滅される時間です。首を飛ばされ腹を引き裂かれ、手足を斬り飛ばされるまで、たった一分です」

 顔が青くなった。しかし。ノルーチェは負けるものかと気持ちを奮い立たせる。

「それでも戦うのが、我ら貴族の高貴なる義務」

 まだ諦めないんだ。立派、と言えるのか? 難しいねえ……。

「無駄死には義務ではありません!」

 おーっと。お母さん一喝!

 ノルーチェは座り込みガックリとうなだれた。勝負ありだね。

 まあ、それが現実さ。戦いはこの僕、暗黒の騎士に任せてよ。子供はベッドに入ってプルプル震えてなさい。

 それから、お尻ペンペンも義務じゃないから。

「高貴は強制する。それが何かよくお考えください」

 そのとおりっ。子供には戦いなど期待されません。他の何かです。ごっこ遊びではないのです。

「フランカ様は、魔獣討伐はいつごろから……」

「私は七歳の時ですね。ランメルトは六歳と聞きました」

 ショックを受けたノルーチェは前を見据えたまま涙をポロポロとこぼした。今はまだ九歳。ここが僕の前世ならば小学四年生だ。

 格が違うのですよ、格が。あの年(中学生)でドラゴン討伐パーティーに参加するのですから。

「戦うばかりが貴族の義務ではありませんよ」

 ノルーチェは無言で何度も頷く。

 お母さんは自身の胸にも、その言葉を刻んでいるに違いない。戦闘中毒になって育児放棄だけはカンベンね。

「ノルーチェ様の【ヒール癒し】のスキルはどれほどのものですか?」

「かっ、簡単な怪我が治せる――くらいです。解熱なども少々……」

「それで結構ではないですか。今の戦いが続けば庶民への被害も大きくなるでしょう。この貴族街とてどうなるか分かりません。そのような力を持つ者を募ってはどうでしょうか?」

「それならば……」

「教会を助力するのです。修道女だけでは人手がたりないかと思いますから」

「お話してみますわ。いえ、やり遂げてみせますわ!」

 令嬢の顔が明るさを取り戻す。お母さんは目を細めて大きく頷いた。

 さてさて。お父さんには何て報告するのですか?

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