地獄

闇の軍勢との決戦を終え、ウィリアム王子率いるロンム王国軍は帰還に向けて行軍していた。

協力を申し出たウィルは当然のように同行していない。ウィリアム王子に「また後日、お会いしましょう。」とだけ挨拶を済まし、先にロンム王国に向かった。

ロンム王国はエール王国とはドルマ帝国を挟んだ対角に位置する大国である。

国内に多数のダンジョンを持ち、産業はダンジョンを中心に成り立っている。軍事力もダンジョンで鍛えられた兵士たちによって支えられている。


『地獄』。ロンム王国にある未踏破ダンジョンの名前だ。ダンジョンそのものが切り立った谷底にあり、ダンジョンに入ることも難しい。そしてどんどん潜っていくダンジョンはいつしか『地獄』と呼ばれるようになった。

今では挑戦する冒険者もほとんどいない有名だが不人気のダンジョンである。


「ロンム王国に来たなら『地獄』に行かないとね~。」という軽いノリで挑戦するウィル。ウィルは躊躇なく崖から飛び降りる。

谷底にある『地獄』に到着。

ウィルは近所に買い物に行くような気軽さでダンジョンに潜っていく。


もちろん簡単に最深部到着。

ボスは『深淵の悪魔ヘルサウザー』。

もちろん強いけどさ、ウィルの敵じゃないよね。ウィルがサクッと倒しちゃうから、ボスの存在感はあまり出ない。

でも実際は世界最強クラスのモンスター。例えば、今のカレンパーティーなら簡単に全滅させてしまうぐらいの実力を持っている。


ボスを倒した先にはダンジョンマスターがいるかも、という期待を胸に最下層に到着。

いました。

一意専心。無心に剣を振るう人影。

ウィルが近寄っても、一切気にせず、剣に集中している。

しばらくウィルは眺めて待つ。


「ふ~、待たせてしまったな。すまん。

途中で止める訳にいかんのでな。

私はダンジョンマスターのゲオルグ。

名を聞かせてもらえるか?」

「ウィリアム=ドラクロア。ウィルって呼んでよ。」

「ここまで1人で来たということは、『深淵の悪魔ヘルサウザー』を倒してきたということだな?」

「そうだよ。」

「私と手合わせしてもらえないか。」

「戦う理由は?」

「私は強くなりたい。それしか興味はない。ダンジョンマスターになってから、ずっとここで研鑽を続けている。戦う理由はただの私のわがままだ。」

「いいよ。そういうストレートなのは嫌いじゃない。」

「ありがとう。では休んでくれ。ヘルサウザーとの戦いの疲れが癒えたら声をかけてくれ。」

「すぐでもいいよ。疲れてないし。」

「あのヘルサウザーを倒して疲れ無しか。戦うのが楽しみだ。では始めようか。」

「よろしくね。」


挨拶を終えた2人は一気の雰囲気が変わる。

ゲオルグが殺気も気負いもなく、ただ日常の如く、しかし研ぎ澄まされた一撃を放つ。

必殺の一撃。

しかし、ウィルは防ぐ。

ゲオルグに防がれたことへの動揺は無い。

淡々と流れる水の如く、だが風に舞う花弁のように変則的、そんな華麗な攻撃が続く。

ウィルも防ぐだけではなく、攻撃を返すがゲオルグに捌かれる。


ステータスはウィルが上、剣の技術はゲオルグが上。

そんな状態で拮抗した戦いが続く。

どれだけの時間が過ぎただろう。

徐々に形勢が傾く。

ウィルが優勢。ゲオルグの剣技に対応できるようになってきた。

ステータスで上回るウィルが剣技に対応してくるとゲオルグが防御に使う時間が増えていく。

そして、

「参った。」

ゲオルグが敗北を宣言した。


「いい試合だったよ。ここ数年で一番学ぶことの多い時間だったよ。」

「圧倒的な差を感じたよ。何百年生きてきて初めての経験だ。

1つだけお願いをしてもいいか?」

「内容によるね。」

「その通りだな。お前の本気を見せてもらいたい。それを超えることを次の目標にしたいんだ。」

「わかったよ。でも私は剣と魔法のバランスタイプ。ゲオルグとは全然タイプが違うから参考にはならないと思うけど、いいの?」

「フフフ、まさかバランスタイプとはな。剣特化の私が剣だけで圧倒されるとは世界は広いな。

自分の参考にならなくてもかまわない。見せて欲しい。遥かな高みを見せて欲しいんだ。」

「いいよ。刮目しな。」


ウィルは剣を構えて、集中する。

不穏な空気が周囲を包む。

「絶縁」

すべての存在を否定する無慈悲なる一撃。

そこには光や音も存在を許されない。

ゲオルグは自らの見識の狭さを恥じた。

それは見てはいけない。存在してはいけない。そういう類いの攻撃であった。


無音の時が流れた後、地震が襲ってきた。

「ダンジョンでも地震ってあるの?」

ウィルが呑気な声を出す。

「まずいな。今の攻撃でダンジョンが大きなダメージを受けている。ダンジョンポイントがマイナスになっている。このままではダンジョンが死んでしまう。ダンジョンポイントを補給しないと。」

「マジで。ちなみにこのダンジョンでのポイント獲得条件は?」

「ダンジョンを訪れた人間の負の感情。恐怖、怨み、妬み、怒り、そういう感情だ。なお、獲得条件を知った人間の感情はカウントされない。」

「さすが『地獄』。わかった。とりあえず死んでも問題ない罪人を連れてくるよ。」

「すまん。助かる。」


ウィルはすぐにウィリアムの街に転移し、捕らえている重罪人を連れてくる。

そこからは目を覆いたくなるような光景が繰り広げられた。

4人の罪人が廃人になってしまったが、ダンジョンは一命を取りとめた。

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