エイブラム先生

ミルと話をしていて、1つ問題が出てきた。

ダンジョン街にはエール王国の色々な場所から人が集まっている。同じ国内とは言え、考え方や生活様式に微妙な違いがある。

トラブルを回避するためにルールを通達したいが、識字率が低いため、口で伝えていくしかない。バラバラの人がバラバラに伝えると当然間違いが発生する。

街の規模が更に拡大すると、この問題は非常に厄介になってくるだろう。


僕は抜本的な解決策を取ることにした。

『みんなが文字を読めるようにすればいいんだ。』

ミルからは、それが難しいから問題なんです!と叱られたけど、それほど難しいかな。


とりあえず、やってみるよ、と宣言して、王都に来ました。


何故、王都に来たのか。

それは僕に勉強を教えてくれた家庭教師の先生を訪ねるためだ。

基本的に勉強をするのは貴族とある程度以上の規模の商人の子どもぐらいだ。

僕は伯爵の子どもなので立派な教育を受けているよ。


僕の家庭教師をしてくれたのはエイブラム先生。

エリック兄さんやアルガス兄さんもお世話になった先生だ。ご高齢のため、アルマは後任のユリアーノ先生にお世話になっている。

貴族の子どもは10歳になると『高等教育学園』という学校に3年間通うが、その前に家庭教師をつけて、教育を受けさせておくのが貴族のステイタスになる。



僕はエイブラム先生のお屋敷を訪れた。

ノックをすると、お手伝いさんが出てきた。

「どちら様でしょうか?」

「ウィリアム=ドラクロアと申します。お約束は無いのですが、エイブラム先生がいらっしゃいましたら、お会いできませんか?」

「少々お待ちください。」


当然だけど、親しい仲でも無いのに、突然のアポ無し訪問はマナー違反だ。

会えればラッキーぐらいの感覚だね。


「お待たせ致しました。こちらへどうぞ。」

屋敷を案内されるままついて行くと、エイブラム先生が待ってくれていた。


「お久しぶりです。ウィリアム様。」

「お久しぶりです。エイブラム先生。

突然の来訪を受けて頂き、誠にありがとうございます。」

「ハハハ、そんなことは気にしなくて良いですよ。教え子がわざわざ挨拶に来てくれるのは有難いものです。」

「私も先生の変わらぬ元気なお姿を拝見できて、嬉しく思っております。」


「しばらく見ない間に、別人のように変わられましたな。」

「今、実家を出て冒険者のようなことをしています。少し世界が広がったからでしょうか。」

「ほう、その年で実家を出て冒険者を。

どおりでたくましく成るはずだ。」

「先生に褒めて頂けると嬉しいです。」


「冒険者として旅をする中で王都に立ち寄ったついでに顔を出してくれた。

・・・だけでは無いのだろう?目的は何かな。」

「ハハハ、さすがですね。

先生にお会いしたかったのは本心ですが、用件もございます。

今、街作りをしていまして、住民の識字率を高めたいと考えております。基礎的な読み・書き・計算・一般教養を教えられる方をご紹介頂けませんか?」

「家庭教師を雇って村の住民を教育したい、ということで間違い無いですか。」

「その通りです。」


「うーむ。家庭教師を雇うのは安くないですぞ。高いお金を出して農民に教育を施す意図をお聞かせ願いたい。」

「そんなに複雑なことじゃないんだけどね。みんな読み・書き・計算ぐらいできた方が幸せになれそうじゃない。やれることの選択肢が増えるし、バカみたいなことするヤツも減るかな~、と思ってさ。」

「なるほど、しかし、こちらが教えると言っても、教わる者はおりますかな?

勉強の時間よりも目先の食糧のために畑仕事がしたい、という者が多いと思いますぞ。」


「勉強を受けに来た子どもには無償で昼ごはんを出そうかなって考えています。

街の人にも授業を受けることを推奨する予定です。まだ詳細は決めて無いけど、勉強することに特典をつけて参加を促します。」

「うーむ。さすがウィリアム様。

後は資金面ですね。かなりの資金が必要になりますぞ。街にとって、大きな負担になるはずです。それを皆が受け入れてくれるかが問題ではないですかな。」

「大丈夫です。その点も目処はついてます。」


「うむ。では私から言うことは何も無い。

若くて有能な者を紹介しましょう。

ウィリアム様が作られる街がどうなるか楽しみですぞ。」



エイブラム先生に紹介してもらったのは、リィナ。『就職の儀』において、中級職『助教』になったため、エイブラム先生のところで勉学に励んでいた女性だ。

現在、クレイン子爵の邸宅で住み込みの家庭教師をしているらしい。


エイブラム先生に紹介状を書いて頂き、その足でクレイン子爵の邸宅に向かった。

門のところで守衛に、

「こちらで働かれているリィナ様に、こちらの書状をお渡し頂けませんか。」

「わかりました。しばらくお待ちください。」


少し待っていると、

メガネをかけた知的な印象の20歳手前ぐらいの女性が出て来た。

「ウィリアム様でしょうか。はじめまして、リィナと申します。」

「こんにちは、リィナさん。」

「エイブラム先生の紹介状を拝見致しました。もちろんお受け致します。」

「ありがとう!助かるよ。」

「ただ、現在、クレイン子爵のご依頼でご子息様の家庭教師を引き受けております。契約期間が後2週間ございます。それが終わってからでもよろしいでしょうか?」

「もちろんだよ。じゃあ2週間後に迎えにくるよ。」

「楽しみにお待ちしております。」

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