第19話
ミーナのもとにも、対抗戦に関するメールが届いた。彼女はそれを当然のことと受け止めていたが、あることに関しては不満を感じた。彼女は、先鋒だったのである。
スポンサーとしてみれば、話題の棋士を最初に出してほしい。勝ち抜き戦である以上、二人目以降は出番がない可能性があるのだ。しかしミーナは、格の問題と考えた。これだけの活躍をしているのだから、副将以上が当然だろう、と。
しかも、次鋒は美駒だった。デビュー以来、二人の成績には大きな差がついている。
「女ってだけで選んだのね!」
ミーナはテーブルを拳で叩いた。
ミーナは、美駒について考えるたびにいら立っていた。美駒は、才能に恵まれている。もっと努力すれば、もっと強くなれるはずなのだ。
ふらふらと、ミーナはベッドに倒れ込んだ。最近、とても調子が悪い。自分の中で、なかなか将棋ゲージが回復しないのが分かった。真剣勝負は、体の隅々まで酷使する。単に、頭をリフレッシュさせればいいわけではないのだ。
スポーツならば、サポートメンバーがついて、様々なことをしてくれる。コーチがいれば、将棋に関する策だって授けてくれるかもしれない。
将棋は、一人で戦うことに美徳を感じている部分がある。もちろん研究会などを開いて、協力している部分はあるだろう。ただ、それも棋士の内側の話だ。
もっと、高みを目指すためには。美駒を突き放して、トップに立って、南牟婁さえも追い越して。そのためには。
ミーナは、天井に手を伸ばした。
一週間、美駒は竜弥と対局できなかった。竜弥はルーキーながらトップの八人が総当たりで戦い争うリーグ戦、ビッグクラウンリーグに選ばれた。このリーグ中は外部との通信が禁止されるのだ。
竜弥であるRYUYAは、最終日に一敗で、最後勝てばプレーオフというチャンスがあった。しかし相手は全勝の南牟婁チャンピオン。注目の一局を、美駒は今の大きなモニターに映し出して観戦していた。
竜弥の指し方は美駒には理解しがたいものだった。常識にとらわれず、それでいて決して突飛というわけではなく、自然に不自然な形に飛び込んでいくような将棋だ、美駒はそう感じていた。そしてチャンピオンも、真っ向からその将棋を受け止めていた。
美駒は、局面に見入っていた。次の手を考えたりもするものの、基本的には現れているものだけに注視していた。
終盤になり、どちらが勝っているか全くわからない状況になっていた。
そして、竜弥に失着が出た。美駒も全く気がつかなかった筋で、要の駒を取られてしまったのだ。相手陣へのとっかかりを失った竜弥は受けるしかなくなったが、チャンピオンの攻めは正確だった。
終わってみれば、南牟婁チャンピオンの会心譜になっていた。
美駒は口をへの字に曲げていた。
三十分ほどで感想戦が終わり、リーグ戦はすべて終わった。終わってみれば南牟婁、ということが何年も繰り返されている。
美駒は部屋を移動した。DOTと盤の前に正座して、目をつぶった。彼女と竜弥を引き合わせた銀次郎の意図に、美駒は気付いた気がした。
「とんでもないね」
将棋界に長く君臨する絶対王者。電脳棋士でも越えられない壁。そこで期待を寄せたのが、竜弥だったのではないか。
DOTのアームが動き始めた。深く、お辞儀をする。それは、いつもの、そして少しだけ美駒にとって懐かしい動きだった。
「私が、連れて行ってあげる」
とても小さな声で、美駒はつぶやいた。
(「セイフ」より引用・再構成)
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