第18話

 将棋に真理があるとしたら。

 より強くなろうとすると、様々なことを調べることになる。過去の棋譜。ソフトの出す指し手。ネット道場での強い人の棋譜も。

 深かった。想像以上に深かった。

 限られた盤面に、決まった数の駒。そんな中では、答えがすぐに見つかるのではないかと思っていた。けれどもミーナは思い知らされていた。

 答えなんて、見つからない。

 結局、どれだけ間違えないか。そういう勝負なのだ。将棋の神様から見たら、ほとんどが間違いなのかもしれない。

 将棋そのものは壊せない。壊せるのは、将棋に関わる人たちの世界だ。

 けれども、あの日以来、ミーナは自信を無くしつつあった。最も憎むべき相手、乙川を見た日から。すでにその相手は、将棋を指す力を失っていた。名人という名誉と引き換えに、脳の限界を超えてしまったのかもしれない。

 ミーナは、その魅力をわかり始めていた。人間の自前の脳は、あまりにも脆い。もっともっと稼働できたならたどり着けるはずの答えを前にして、力尽きてしまう。もちろん、乙川はソフトの答えをカンニングしていたので論外だ。ただ、ちらほら出始めている電脳棋士たちのことは、卑怯だとは思えなかった。

 電脳化は脳の強度を上げるものであって、考える主体は、あくまでも自分なのだ。センスのない棋士が電脳化しても、センスのない手を深く読むだけだ。実際、電脳化してもそれほど成績が伸びていない棋士もいる。

 人間はどこまで行けるのか。ミーナは少し、そういうことにも興味を抱き始めていた。



 竜弥は、空を見ていた。暗い空。

 将棋に出会って、人生が変わった。そして、美駒と出会って。

 昼頃、あるメールが届いた。そこには、「団体対抗戦出場推薦のお知らせ」と書かれていた。

 二つの団体に別れてから、将棋界は大きく変わった。そして、様々な面で苦戦していた。スポンサー、ファン、支部会員。多くのものが取り合いになっていた。トップ同士の対戦が減り、手合いのマンネリ化も生まれつつあった。そこで早速、二つの団体が合同で棋戦を作ることとなったのである。

 タイトル化などはとりあえず先回しとして、第一回は「若手団体対抗戦」をすることになった。その一人に竜弥が選ばれたのである。

 ここまでの活躍を考えれば、当然のことではあった。けれども彼には、負い目があった。なんでもありのNJSにおいても、彼の存在は特異である。果たして何かの「代表」になっていいのか。

 将棋は楽しい。けれども、苦しいことも多かった。絶対に勝てないと思わされる相手もいた。負けを認めたまま生きていくのは、つらい。

「トオイネ……」

 竜弥は、ことさら明るい惑星を見つめていた。

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