手に入れたモノ
第14話
美駒は、不安で胸が押し潰されそうだった。
初めての審技会では、なんとか審技点を獲得することができた。プロ棋士に向かって、順調な滑り出しに思える。
けれども、ミーナに言われたことがずっと耳の中に残っていた。「あなた、天才なの?」
ミーナは、天才なのだろう、と思った。二人の祖父は、トップ棋士だ。その血を受け継いで、すいすいと強くなってきた。
けれども、ミーナは自分よりも強かった。そしてきっとまだまだ強くなるのだろうと、感じた。
涙があふれて、止まらなかった。
「ドウシタノ」
アームが少しだけ傾き、モニターに文字が表示された。
「竜弥……見えてるの?」
「カンジル」
「私、ちょっと怖いの」
「メカラ ミズガ ナミダ トイウ モノデスネ」
「うん、泣いちゃった。ねえ、竜弥。あなたも将棋してるときは、怖い顔?」
「カオ ハ カワリマセン タブン」
美駒はアームから離れ、モニターに向かって言った。
「私、竜弥に会いたい」
「ヤメタ ホウガ イイ」
「なんで。竜弥、プロになるんでしょ。そしたらいつか会うよ」
「ボクハ ニュージャパンニ ハイッテ ツウシンデ タイキョク シマス」
「私とは対局しないの」
「ミコマ トハ コウシテ マイニチ タイキョク デキテル」
「私……私、さびしい……」
美駒は、アームでもモニターでもなく、駒台を見つめた。整列された四十枚の駒。いつもきっちりと、そろっている。
「ミコマ ニハ カゾクガ イマス」
「竜弥にはいないの」
「ココニハ イマセン トオイ トオイ トコロニ」
「ねえ、私たち、友達じゃないのかな」
美駒は、二枚の駒、二枚の歩を取り上げた。よく見ると、少しだけ字の形が違う。
「ミコマ」
モニターはしばらく更新されなかった。しばらくしてアームが動き出し、駒台から桂馬をつまみ上げた。
「ボクヲ ミテモ キライニ ナラナイカ シンパイダ」
「嫌いになんてならないよ」
「ボクハ オカシイ」
「そんなことない」
「ヤクソク」
「うん、できる」
「アシタ ナラ イイヨ」
「やった! それも約束だよ!」
美駒は涙をぬぐって、もう一度アームを抱きしめた。
ミーナは、部屋の真ん中で膝を抱えて座っていた。
何もする気が起きなかった。今日の将棋ゲージは、すべて使ってしまったのだ。
美駒を見たとき、心臓が激しく動き始めた。自分以外にも、「美少女がいる」という事実に戸惑った。しかも、有名棋士の孫である。負ければ、話題を持っていかれる。
必死になって「潰しに」いった。ただ、勝つだけでは駄目だったのだ。
美駒は、祖父である黒山に連れられてきた。少なくとも、彼女は一人ではない。ミーナは、異国の地で一人だった。独りぼっちだった。
勝つ以外では、報われない。
ミーナは両手で髪をつかんで、激しく頭を揺らした。世界が、ぐるぐると揺れて、崩れていくような気がした。
(「セイフ」より引用・再構築)
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