第13話
美駒は、全日本将棋会のビルにやってきた。審技会に参加するためである。祖父と二人でやってきたが、銀次郎はすぐに別のフロアに行ってしまった。
銀次郎は代表であるため、孫の様子をずっと見守っているような暇はなかった。会いたくもない偉い人たちと会い、見たくもない大事な書類に目を通さなければならないのである。
残された美駒には、誰一人知る顔がなかった。それでも対局が始まってしまえば、いつもと同じように盤面に集中することができた。そして強豪しかいないはずのこの場で、美駒は次々と勝利を収めていった。
周囲は突然現れたとんでもない少女に驚いていたのだが、単に驚いていたわけではない。これだけプロを目指す者がいる場所で、首位争いを繰り広げるのが少女同士となったことに驚愕していたのである。
この日、二回目の参加となったミーナ。彼女は今回も強かった。田舎育ちの美駒にとって、ミーナはただ座っているだけで見とれてしまうような存在だった。まだ幼いが、目鼻立ちはくっきりとしていて、すでに美人と呼ばれる権利を有していた。
「あなた、天才なの?」
対面するなりかけられた言葉に、美駒は面食らった。そして、問いの中身も把握してさらに戸惑った。
「え、えっと」
「私は天才が嫌いなの。だから、勝つ」
美駒はミーナから目をそらした。とても、悲しくなったからだ。
担当棋士からの合図があり、対局が始まった。
美駒は、駒音を立てない方である。静かに、駒を進める。それに対して、ミーナは力強く駒を打ち付ける。熱い感情が、放出されている。
美駒は、眉をしかめて強く息を吐き出した。部屋の熱気が、肺を圧迫しているように感じた。生まれ育った家にも、祖父との間にも、何一つ存在しない空気。
敵意だ。美駒は気付いた。誰もが盤を挟むと、美駒に対して優しくない。
美駒は、この場にいない人のことを思った。いつも目の前にいる白い機械は、感情を伝えてこない。けれども、竜弥はどうなのだろう。実際に対峙したときは、鋭い目つきで睨みつけてくるのだろうか。
心の揺れは、盤面に反映される。美駒の駒は縮こまってしまって、陣形はぺしゃんこになっていた。
美駒には、頑張りきるだけの気持ちは備わっていなかった。
「負けました……」
美駒がうなだれながら負けを認めたその時、ミーナは背筋をぴんと伸ばしてその姿を見ていた。まったく表情を変えず、声も発せず。
こうして、本日の審技会は終わった。優勝はミーナ、美駒は三位だった。二人ともに、審技点を獲得することができた。
これで、プロに一歩近づいた。しかし、美駒に笑顔はなかった。そんな彼女のもとに歩み寄ってきたのは、ミーナだった。
「次までに、もっと強くなっていてね」
美駒は、目を合わせることができなかった。
(「セイフ」より引用・再構成)
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