第15話
「ミーナちゃんはさ、日本語話せるの?」
軽薄な笑みを浮かべて語り掛けてきたのは、小塩
「話せるけど、何?」
控室には、二人しかいなかった。順番が来ると一人ずつ呼び出され、四段の認定状を貰う。現在、美駒の番だったのである。
「すごいなあ、はるばるインドから来て。やっぱり、漫画とかで知ったの、将棋?」
ミーナは、目を細めて口を尖らせた。あからさまに嫌悪を表すと、後々めんどうなことになるのはわかっていた。それでも、好意的な表情を作るのは難しかった。
「いえ、父から」
「そっかあ、チャトランガの国だもんな!」
外国籍のプロ棋士は、ミーナが初めてである。そのため、いくつかの取材もすでに受けていた。女性のプロ棋士は三人目だが、四人目も同時に誕生したため「普通のこと」として世間に受け入れられつつある。
「そうね……」
「いやあ、女の子二人と同期なんて光栄だなあ! まあ、おかげで俺が注目されないんだけどね、はっはっは」
ミーナは、何とか愛想笑いを作った。小塩とは審技会で対戦もしたが、強いという印象はなかった。
あまり関わりたくない。「こいつと対戦しなくていいよう、早くシードを獲得しなければ」とミーナは思った。
プロになった。
美駒はその事実をかみしめて、会館を後にした。
母の生駒は、おそらく世界で五本の指に入るほど強い。けれども、プロになることはできなかった。機械につながれた彼女は、対局室で行われる競技には参加できなかったのである。
強さでは、生駒との差はまだ歴然としている。そして、そんな生駒よりも、
団体が違うので、よほどのことがなければ南牟婁と対戦することはないだろう。けれども美駒は、最強棋士と対戦するときのことを想像した。どこまでやれるのか。どれほど違うのか。
そして、もっと近い、倒すべき相手もいた。ミーナ。インドから来たという少女は、決して焦るということがなかった。淡々と良い手を指し続けて勝つ。美駒は、ミーナの読みの深さにも感心していた。おそらく、いずれタイトルに挑戦する棋士だ。
自分はどうだろうか。世間はまだ、黒山の孫ということしか知らない。それだけでも十分話題にはなっているが、もう一人の祖父が名人だと知った時、どうなってしまうのだろうか。それだけの血に恵まれながら平凡な成績だったら、どう思われるのだろうか。
怖かった。これからのことが、とても怖かった。
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