第11話
最初に目に入ったのは、白い髭の老人だった。新たに生まれた二つの組織は、共にプロ入りに関する年齢制限を撤廃した。そのため、ある程度の棋力があれば、誰でもプロ棋士を目指すことができるようになったのである。
ミーナは部屋の隅で、時間が来るのをじっと待っていた。詰将棋の本などを見ている者もいたが、ミーナはそれは「悪手」だと思っていた。確かにスポーツなどでは、ウォーミングアップが必要だ。頭の中の将棋に関する場所をほぐす、という意図は理解できた。だが、ミーナは頭の中に「将棋ゲージ」のようなものを想像していた。これは、将棋のことを考えると減っていく。朝、そのゲージを満杯にした後は、一日中減っていくだけである。だから、大事な勝負の前には一切将棋のことを考えない。
勝負は、スイス式トーナメント6回戦で行われる。これは近い成績同士の者が当たっていく方式で、必ず最後まで対戦することができる。今回の参加者は28人。そのうち上位3人が審技点を得ることができる。全勝すれば確実だが、1敗だとかなり運次第ということになる。
皆がちらちらと自分を見ていることに、ミーナは気が付いていた。日本に来てから、何度も向けられてきた視線だった。日本人の中で、ミーナはとても目立つ。彼女はただでさえ美少女だった。誰もが二度見するような存在が、男だらけの部屋の中にポツンといるのだ。
しかも、審技会に参加できるほどの実力ながら、誰も彼女のことを知らなかったのである。多くのアマ強豪は、普段から大会などで当たり顔見知りである。参加者同士が情報交換した結果、「彼女はこれまで日本に住んではいなかっただろう」ということになった。
いまだに、外国籍の棋士は誕生していなかった。女性棋士は二人、そして外国籍の女流棋士は一人いた。
「外国人美少女棋士への挑戦? 盛りすぎだろう」心の中でそうつぶやいたのは津摩。21歳の大学生で、すでに審技点を1つ持っていた。近い将来プロ棋士になり、活躍するのを期待されている人間である。
当たったら一ひねりしてやるか、と津摩は思った。
審技会が始まる。皆がくじを引き、書いてある番号の席へと向かう。ミーナは7番。相手は20代後半の青年だった。彼女のことが気になる者も多かったが、勝負が始まればたれもが対局に集中する。
「負けました……」
最初に投了の声を出したのは、ミーナの対戦相手だった。まだ、開始して15分も経っていない。周囲の集中力が断ち切られ、ミーナへと視線が注がれる。疲れの色一つ見せず、少女は背筋を伸ばして正座していた。
ミーナにとって、当然のことだった。「1局目は最も将棋ゲージの差が出やすいから。多めに消費してる人たちには負けない」とはいえ、日本に来て最初の勝負で勝ち、嬉しくないはずがなかった。ミーナは、心の中では満面の笑みになっているのだった。
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