第9話
新しい将棋の組織が発足して二年。美駒は、都会にやってきた。
美駒は、本当に目を回した。見るもの全てが過剰だった。電車は三分に一本やってきて、多くの人を吐き出して、すぐに飲み込んでいく。ビルは高く高くそびえたっていて、さらにその上を飛行機が飛んで行く。
小さなときに一度来たことがあるらしいが、まったく記憶にはない。
「どうした美駒、何か見つけたのか」
「何かどころじゃないよ! いろいろありすぎる!」
山間部ののんびりとした村で、美駒は育ってきた。三階建て以上の家はなく、バスも二時間に一本ほどしか走っていない。ただ、母の部屋だけはピカピカとしていて、様々な機械が動いていて、美駒にとっては都会っぽかった。
都市高速の影を進み、一回だけ角を曲がった。見えてきたのは、天高くそびえるマンションだった。入口はホテルのように豪華で、銀次郎はいくつもの数字を押して鍵を開けた。
「ここに、住むの?」
「そうだ。今日から私たちの家はここだ」
「すごーい! でも、なんで?」
「まあ、立場というものがあってな」
エレベーターは、ぐんぐんと上昇していく。36階で、扉は開いた。長い廊下を歩いていくが、ドアはない。
「あれ、お隣さんは?」
「この階全部、私たちの家だ」
銀次郎は少しだけ微笑んだ。
「おじいちゃん、やっぱりお金持ちだ」
「そうなんだよ」
突き当りの柵を開き、さらに重たい扉を開け、ようやく二人は新居へと入ることができた。
「わあ、キレイ!」
「そうだろう。景色もいいぞ」
大理石の玄関を抜け、両手を広げてもまだまだ余裕のある廊下を抜け、バスケットボールができそうなリビングの向こう、バーベキューにうってつけのベランダがあった。そして目の前には東京の街が広がり、少し遠くには建設中の新しい塔を確認することもできた。
「スペースツリーだ!」
「来年には完成だぞ」
月面基地との通信に向け新たに建てられているスペースツリーは、スカイツリーよりもさらに高くなる予定である。
「お部屋もいっぱいある!」
「ああ、荷物も後から来るからな」
「見てくるー!」
美駒は勢いよく部屋から部屋へと駆け回った。どの部屋も美しく、そしていい香りがした。そして最後の部屋を開けたとき、そこにはすでに大きな物が置かれていた。丸い土台の上に縮こまったアームがくっついており、その横には直方体の箱が置かれていた。
「わっ、なにこれ」
近付いてみるが、反応はない。ただ、よく見るとアームの先には吸盤とレンズが付いているのがわかった。
「変なの」
「DOTと呼ばれるマシンだ」
「どっと?」
いつの間にか部屋に入ってきていた銀次郎は、分厚い将棋盤を抱えていた。
「ドット単位で正確に将棋を指すことができる機械という意味、らしい。私もメカのことはよくわからないんだが。さ、美駒も手伝ってくれ」
二人は、DOTの前に盤や駒台、駒を並べる作業にいそしんだ。普段なかなか盤駒に触る機会がないため、美駒はそれだけで少しはしゃいでいた。
「ね、ね、この子が相手になってくれるの?」
「まあ、そうとも言えるし、そうでないとも言える。まあ、見てなさい」
銀次郎が箱についていたボタンを押すと、ウィィンと音を立ててアームが伸び始めた。そしてレンズの横から光を発すると、駒台の前でぴたりと止まった。
「動いた!」
「今はここまでだ。まだ、つながってないから」
「つながってないって?」
「この子はね、あくまで代理なんだ。将棋を指す子は、遠くにいる」
「遠くにいる子と指せるの?」
「ああ」
「じゃあ、お母さんとも指せる?」
「まあ、やろうと思えば。でも、いつもパソコンで指しているだろう」
「うん……」
「あの子には、これで指す練習が必要なんだ。美駒には、ぜひ手助けしてやってほしい」
「わかった! でも、あの子って?」
「
(「セイフ」よりシーン引用)
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