第8話

「ラッキー!」

 ニュースを見るなり、ミーナは叫んだ。

 将棋の連盟が、分裂して新しい二つの組織になるという。文化・伝統を重んじる全日本将棋会と、とにかく強さを追求し、新しい将棋の在り方を目指すNew Japan Shougi。ミーナは、連盟がなくなることに喜んでいるのではない。奨励会がなくなるのである。

 奨励会はプロ棋士の養成機関で、ほとんどの者が級位者として入り、25歳までに四段にならなければプロ棋士になることができない。とくに三段から四段になるには三段リーグで上位に入る必要があり、狭き門となっている。

 ミーナは女流棋士になることは一切考えなかった。女流棋士の方がなることはずいぶんと簡単である。しかしあくまで、「最も強い存在として、自らを世に知らしめる」ことが目標だったのである。

 新しい組織は二つとも、奨励会を廃止するとのことだった。New Japan Shougiは完全レーティング制で、棋戦参加はレーティングで区切られる。その一方、全日本将棋会は定期的に審技会を開き、上位入賞者は審議点を得る。それが三点になるとプロ棋士として棋戦に参加できるのである。

 どちらも、師匠を必要とするとは発表されていなかった。こうしてミーナは、「長い修行時代を過ごす」「日本で師匠を探す」という二つの心配事を一気に払拭することとなった。

 分裂騒動は、新たな情報をももたらした。すでに棋界には電脳棋士がいた、というのである。それが誰かは公表されなかったが、複数人ということだったので「乙川以前にも」いたと考えるのが自然だった。成功例があったからこそ、乙川は電脳化に挑んだのだろう。

 New Japan Shougiは電脳棋士をも受け入れると発表した。脳だろうが体だろうが強化してよく、とにかく心が本人の者ならば問題はないという立場を採ったのである。それでも頭にソフトを埋め込むのは禁止事項の中に入っていたので、乙川名人が合法的に存在できる場所はない。

「待ってなさい、全日本将棋会」

 ミーナはすでに、どちらの団体に挑むかを決めていた。



「参加しない」

 生駒は答えた。綜馬は頭にパッドを付け、無線でインターネットとつながり生駒と話していた。また、生駒の手を握ってもいた。

「やっとプロとして参加できるところができるのに?」

「私は、将棋は好き。でも、それ以上のものは求めないから」

「でも、強い人といっぱい指せるよ」

「きっと、体が持たない」

「そうか。君がそう決めるのなら、それが一番だよ」

 綜馬は、妻の決断に反対したことがなかった。優しさからだろうか? 自ら問うことはあったが、答えはどうでもよかった。綜馬は、生駒の生きたいように生きてほしいのである。

「期待にそえなかったみたい」

「いやいや。そういえば美駒は、プロになりたいと言っているよ」

「なれると思う」

「ふむ。生駒が言うなら見込みはあるんだな」

「うん。プロにはなれる」

 後半、少し声が小さかった。綜馬は、詳しく聞こうとは思わなかった。彼は、美駒意志もできるだけ尊重してやろうと思っていたから。例え、その世界でどれだけ苦労するかが分かっていたとしても。

 

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