第6話
ミーナの父は、仕事以外のゲームを作らなくなった。
日に日に顔から精気が失せていき、ただ生活のためだけにパソコンに向かう日々が続いていた。ミーナに対してもあいまいな笑顔を向けるだけで、ほとんど言葉をかけることがなくなった。
奪われてしまったのだ。
アワーゼロは父にとって、最も成功した作品だった。それは確かに、お金に代わった。けれども、世の中からは失われて、乙川に盗まれてしまったのだ。
ミーナは許せなかった。乙川に対してもだが、それを許す将棋界に。
確かにソフトは、将棋界に渡した。しかしそれは「乙川に」ではない。彼の手に渡るまでに、何人かの共犯者がいるはずだ。名人がソフトを利用していると知っている人間が、いるはずなのだ。
乙川は脳にコンピューターを埋め込み、ソフトのデータを直接利用していると考えられる。しかしそれは、人類初の試みだ。リスクが大きいやり方であり、実際今の彼は副作用に悩まされているように思える。奪っておきながら、生かし続けることもできない。
ミーナは将棋界のことを色々と調べてみた。長い歴史があり、今はプロ棋士や上流棋士といったプロプレイヤーが存在している。様々な戦法があり、毎年のように新しい指し方が現れている。だが、理論上いつか全てが解明されるかもしれず、将棋ソフトの進化は関係者たちに期待と不安を抱かせるものとなっている。
文化と伝統。そんな言葉がよく出てくる。
ミーナは想像した。もし圧倒的に強い誰かが勝ち続ければ。それは、将棋の終焉を意味するのではないか。結果が分かっているということは、勝負をする意味を奪い去るのではないか。しかもそれをするが、外国から来た少女だったら。揺らぐ、文化と伝統。
ミーナは、将棋界を壊したいと思っていた。
父を悲しませるモノは許せない。そんなものは、この世からなくしてしまいたい。
人種や性別、年齢や見た目。そういうものが人々の感情に与える影響をミーナは知っている。善悪とは別に、よく知っている。だから彼女は、自分が適任者であることが分かっていた。
将棋界を終わらせてやる。ミーナはそう思い始めていたのである。
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