第19話

 翌日、凛果は駿平のお墓参りに出かけた。

 前日の千紗の件もあり、みんなにかなり心配されたが、帰省の期間が決まっているからと半ば強引に家を出た。


 もちろん、最寄り駅の電車は使えない。私鉄一本しか通っていないし、警察の実況見分で運転見合わせが続いていた。

 前日よりは気温が少し下がった夏空の下、最寄り駅から20分程度歩き、別の路線を使って墓地に行った。墓地の最寄り駅には二つの路線が通っている。


 墓地の正面玄関に行くと、大きな向日葵が凛果を出迎えた。道すがら買った仏花と、墓地で管理人さんに貸してもらった桶やタオルを抱えて駿平に会いに行く。

 就職するまでは、月命日の度に通っていた。今年は3月以来、久々の墓参だが、道筋は足が勝手に記憶している。


 広大な墓地を五分ほど歩いて、『目黒家之墓』と記された墓石に辿り着いた。青みがかった深いグレーに黒い模様が混じった、天山石てんざんいしの側面には、ご先祖様と共に『駿平』の文字が刻まれている。


「こっちに来たのは久しぶりになっちゃったよ、シュン。今日も暑いね」


 桶の水を柄杓ひしゃくでかけて、タオルで磨き上げていく。間に挟まった葉っぱなどは少なく、定期的に手入れされているのを感じた。

 お花を生けて、線香を上げ、手を合わせる。


「うまく還ってこれた?……もしいたら、教えてよ」


 あたりを注意深く見渡すが、何も変わったことは起きない。


 へたっぴなのかな。初めてのことでも、割と卒なくこなすタイプなんだけど。

 前に話してた人みたいに、大航海時代に行っちゃってないかな。

 まさか、次元の隙間に挟まれては……いない、よね?


 ふと思いついて、凛果はスマートフォンのロックを解除した。

 条件反射的にSNSを開くと、昨日の事件のことはまだトレンドに入っていたが、行方不明の文字は消えていた。「行方不明」でサーチしても、過去の災害のことしか引っかからない。

 本当に、消えてしまっていた。


 駿平は? 消えてないよね?


「嘘」


 アプリを変えて、『日陰の星』を再生してみたが、「この楽曲は再生できません」というエラーメッセージが出てきてしまう。一日一回五分のルールを過ぎてしまった時以外、このメッセージは出ないのに。


 怪訝けげんに思ったが、凛果はすぐにハッとした。


「早く。いるんでしょ?」


 すると、桶の中に入っていた柄杓が外に転がり落ちた。

 風など吹いていない。桶の水は空で、柄杓はしっかり奥まで中に入っていたのに。


 凛果は音につられて、自分の左側を見た。


「そんな近くにいたのにすぐ教えてくれないなんて、意地悪」


 いつも『日陰の星』をタップして繋がる時は、互いに現世と天国にいる。繋がらないということは、駿平が天国にはいない——つまり、現世に還ってきているのだと分かったのだ。


「暑そうだったから、水かけといたからね。シュンが間違えて大航海時代に行ってなくて、良かった」


 柄杓は不自然にカラカラと転がり、凛果の左足に触れて止まる。


「……キスのつもり?」


 返事はもうない。ほんの少ししか滞在できないんだろうか? それとも、照れ隠し?


 凛果は柄杓を持ち上げて、しばらく両手で撫でていた。




 ◇




 帰宅すると、千紗が凛果のもとに駆け寄ってきた。

 朝は食欲を失っていた千紗だが、昼はいつもの半分程度食べることができたらしい。家に配達された朝刊を見たことで事の大きさを知ってしまい、流石にショックを隠せなかったのかもしれない。


「ねぇ凛果ちゃん。一つ聞いていい?」


「どうしたの?」


「なんで昨日、私を引き止めたの? 凛果ちゃんの直感?」


 近くにいた叔母が、凛果の方を見た。


 本当のこと、言った方が良いんだろうか。

 でも信じてもらえるんだろうか?


「凛果ちゃん。もしかして、カレシと関係してるの?」


「え?」


「カレシ、死んじゃったんでしょ。何か教えてもらったの?」


 駿平が亡くなったことと、彼が凛果の交際相手だったことは、叔母家族も知っていた。当時千紗は11歳。「お盆には死んじゃった人と話せる」と信じていた女の子だった。


「時期もお盆だし。カレシと話せたの?」


 凛果は千紗を見つめた後、周囲を見回した。

 叔母夫婦も、両親も、凛音も瞳を大きく開いてこちらを見ている。ただ彼らは、「子どもの千紗を諭してやって」と言わんばかりの目をしていた。特に両親と凛音からの視線に隠されたそのメッセージを、凛果は強く感じていた。


 彼らの目線に一度頷き、凛果より20センチほど身長の低い千紗に目線を合わせる。


「千紗ちゃん。昨日は本当のこと、話せなくてごめん。……千紗ちゃんの考えてることは、当たってる。私は、シュン……カレシから聞いてたの」


「やっぱり?」


「あんなひどい事件が起きることまでは分からなかったみたいだけど、何か良くないことが起こるのは分かってた。でも私からそう言っても信じてもらえない気がして、結局中途半端な説得しかできなくて、千紗ちゃんを危険な目に遭わせた。ごめんなさい」


「それは凛果ちゃんのいうこと聞かなかった私も悪いからいいの。どうやってカレシと話してるの? ってこと」


「それは……」


 千紗から目を逸らすと、両親、特に母の視線が多少険しくなっている。「子どもじみた言い逃れは中学生には通用しない」と言っているようだった。

 でも、気にしちゃダメだ、と凛果はかぶりを振った。本当のことを話さないと、何だか千紗にも駿平にも怒られる気がして。


「スマホ。これである曲の再生ボタンをタップすると、イヤホン越しに聴こえるの……シュンの声が」

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