最後のプレゼント
西野ゆう
第1話
「十個のプレゼント? 随分と欲張りだなあ」
そう言いながらも、彼は笑顔だ。結婚式を三か月後に控えた私たちは、招待状も送り終わり、その準備も最終盤に来ていた。
「ちょっと友達に付き合った占いでね、そういうお遊びっぽいのを教わったから、面白そうでさ」
「十個か。アレかな、心理テスト的な?」
「どうかな? ただ、結果はハッキリと出るって。当たってるかも、とかそんなんじゃなく、ハッキリと」
彼は占い好きではない。「へえ、それは怖いな」なんて言いながら信じていない。多くの男性はそうなのだとも言っている。自分が多数意見だと信じて疑わない、そんな彼。
それでも、そんなのは些細なこと。
これから先、彼ほど私のことを真剣に愛してくれる男性なんて現れないと思えた。誠実で、真面目で、まっすぐな彼。
十個のプレゼント。彼は何を贈ってくれるのだろう。私は「期限は一週間だからね」と言って、一週間後を楽しみに待っていた。
昨日の夜、私は高校時代からの親友と仕事帰りに落ち合って、軽く飲んでいた。
彼女は私より一足先に結婚していて、幸せな家庭を築いている。この夜だって、まだ二歳の子を、旦那さんが見ていてくれているのだ。
「私もね、結婚前にそこの占いで見てもらったんだよ」
正直最初は私も乗り気じゃなかった。
テレビや雑誌の占いは目を通すけれども、街でお金を払って見てもらう占いはまだ経験がない。私にはハードルが高い。そう思っていた。一歩を踏み出すだけではなく、飛び越えなくてはいけない。まさにそんな勇気が必要だった。
それもこれも、酔いというものは勢いをくれる。なんて恐ろしいんだ。
躊躇しなくも無かったが、雰囲気を出すために掛けられたカーテンを片手で押し上げ、占い師の前に座った。
「マリッジブルー?」
私を一瞥するや否や、占い師のおばさま(おばさまという呼び方がしっくり来ると思ったのだ)はそう言い切った。いや、語尾が上がっていたから、まだあて推量だったのだろう。だが、当たっていた。
ただ、私も少しは知識がある。
おばさまは、友人の結婚指輪、私の婚約指輪を見て、そう言ったのだ。
「ええ。後悔はしないとは思うんですけど、本当に彼でいいのかなって」
自分でも驚いていた。私は彼に細かな不満はあれど、結婚を躊躇するほどの問題ではなかった。そう思っていた。
「十個のプレゼントって知ってるかしら?」
「十個のプレゼント、ですか?」
聞いたことはなかった。その言葉を聞いた第一印象は、童話のタイトルのようだということ。
「婚約者があなたの望む人かどうか、簡単に調べる方法よ。十個のプレゼントを用意してもらうだけでね」
「心理テストのようなものですか?」
おかしなことに、この時の私は彼と同じことを感じていた。だが、おばさまの答えはノーだった。
「私はカウンセラーじゃないもの。占い師よ。でも、結果がどう出ても、最後に選ぶのはあなた自身。それは忘れないで」
それはそうだろう。そうやって自分で選んだことにしないと、クレームのものとになる。そんなことを考えながら、私も随分と理屈っぽいなと感じていた。
「十個のプレゼントで導かれる答えは、それほど多くないの。本当にハッキリと、あなたに相応しいかどうかが出るの。イエスかノーか。それでもいい?」
占い師のおばさまは、最後にそう念押しして、答えの求め方を教えてくれた。
聞いてみると、なるほど単純だ。それだけに結果が想像できて、私は思わず口に手を当てて笑っていた。
一週間後。彼はお使いで頼んだ卵をひとパック買ってきた。
「はい、これプレゼント」
いたずらっ子のような顔をして笑っている彼。
十個入りの卵のパックに、卵は九個しか入っていない。
「あれ? 一個どうしたの? 割れちゃった?」
私の言葉を一旦彼は無視して、冷蔵庫を開ける。
卵入れを引き出して「ひとつ、ふたつ」と数えながらパックから移していった。
「九つ。九個のプレゼントと、最後は、俺との時間」
「え?」
驚いて見せたが、私の予想は大筋で当たっていた。そんな私の心中など気にせず、彼は私を抱き寄せてキスをした。
「明日さ、お前の欲しいもの、買いに行こうぜ。なんだっていい。流石に婚約指輪より高いものは無理だけど、一緒にプレゼントを選ぼう」
彼はそういうと、私を抱きしめて、耳元で「愛してるよ」と言った。
占い。それを信じるには私にとって高いハードルがあった。でも、たった今、彼がそのハードルを倒した。
「ごめんなさい。私、やっぱりあなたとは結婚できない」
「は? なん……冗談だろ?」
「ううん、本気。だってあなたは……」
十個のプレゼントを考えるなんて、面倒だ。よほど贈る相手のことを考えないと、十個なんて思いつかない。
そう、彼は、私のことを想うことを放棄したのだ。
彼の語る愛は、
最後のプレゼント 西野ゆう @ukizm
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