第30話
三日が過ぎてもヘレルはまだ起きない。
(まるで死んでるみたい……何か弾いたら起きるかしら)
「さて、三日ぶりに弾きますか」
白いシャツの袖をまくる。
私は座っていた椅子から立ち上がるとピアノの前にある椅子に座った。
エステン作曲 人形の夢と目覚め
最初は子守歌のようにやさしく美しく、そして眠る。
「優しい曲だね」
後ろから声がした。
私は思わず笑みがこぼれる。
「いま人形が眠りに入ったとこなのにヘレルは起きちゃうのね」
「じゃあここは夢でも見てるのかな」
「そのとおり」
ピアノの音色はまるで歌うよう。
いきなり音が変ずる場面にさしかかる。
「おきた?」
「踊ってるのかな」
「楽しそうでしょ」
子馬が飛び跳ねる様に軽快なメロディがあたりを満たす。
「ごめん」
私は振り向いた。
「え?」
うつむいていた少年はまっすぐな瞳で私の瞳を見つめる。
「そなたのためにしたことが、逆に悲しませてしまったようだから」
素直なヘレルを見て、わたしは満面の笑みでこう答えた。
「もう怒ってないわよ、ちゃんと謝ってくれたし許すわ」
目の前の少年もつられて笑顔になった。
何も無かった寂しい部屋に二輪の花が咲いてパッと空氣が華やいだ、例えるとしたらそんな氣がする。
「あなた少し変わったわね?」
「変わらない存在なんて存在するのかな?」
「どうでしょうね」
「確かに、そなたの言うとおり変わったさ、けど変わったことが良かったのか、今の時点じゃよくわからないんだ、変わらないほうがよかったのか、変わったのが正解だったのか」
「全てのものごとって、変化をしないなんてことないんじゃないかしら。何かの要因に影響を受けてるわ、それが変化したいのか、したくないかに関わらず」
「そなたもそうなのか」
「ええ、生きてるんですものそうに決まってる。変わりたくない部分もあるし、変えたい部分もある、変わりたくないところが変わっちゃうし、変えたいところが変えられない、自分の思いどおりにならなくてやんなっちゃうわよ」
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