第29話

リスト作曲 三つの演奏会用練習曲

 三曲目

 一音、一音が流れる様に美しい音が連なる、明るい曲ではないが耳に心地よい音色、心にしみわたるように。




 コンコン。

 戸が叩かれた。

 一体誰?ヘレル?

 椅子から立ち上がり、扉を開けるとそこには、犬の顔をした人がヘレルを抱えて立っていた。

「ヘレル……あの、あなた誰ですか?」

「人間の女よ、すまないがヘレル様をおまえのそばに置いてくれないだろうか、おまえのそばにいることをこの方は望んでおるのだ」

「そんなこと言われても……私、なにもできませんよ」

少年のその美しい顔に視線を落とす。

「それでよいのだ、今は氣を失っているだけだからそのうち目を覚ますはずだ、失礼する」

 犬の顔をした男は中に入ってきた。

 ヘレルをベットに横たえる。

 すると男は、黒い煙になったかのように突然消え失せた。

 扉を閉める。

 ふうと息をはく。

 ベットに寝ている少年を見やる。

 へそが無かった。

(それにしてもなぜ裸なのかしら)

 そっと上掛けをかけて、顔にかかった髪をどけた。

 ここに帰ってきてくれたことにほっとしている自分がいた。

 あんなことをされても、こいつのこと好きになってきてるのかな……

宮殿の大広間に稲妻を思わせるものがズドンと落ちた。

 深い黒い色の翼から艶のある羽を散らせながら、ヘレルはステンドグラスのバラ窓からそそいでくる光をうけて、そこに両手と片膝をついていた。

 大広間はけっして吹き抜けの天井ではなく、稲妻が空からくるようなことは、けしてないはずなのだが、どうやって入ってきたかは誰も知るよしもない。

「なに用で来た」

 目の前に自分を産んだ父がいる。

「お命頂戴」

玉座に鎮座していた父は立ち上がり声を張り上げた。

「この痴れ者があ!」

ヘレルは立ち上がり勢いよく漆黒の翼を広げると、ぶわりと羽が逆巻く。

 二人はほぼ同時に手を前に向けて呪文を唱える。

「混沌なる者が命ずる……」

「絶対の君臨せしものが……」

広間の中央で魔の力がぶつかり膨れ上がった。

 宮殿の窓という窓が割れる。

 そこから、雷光と黒い閃光がはじけて混ざり放出された。

 色のついたガラスの破片が雨のように降ってくる。

 父と子の死闘はその後、千日間続く。

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