第19話

 演奏が終わったあと咳き込んだ。

 白いハンカチを口に当てると鮮血がしみていた。

「どうしたのだ」

 ヘレルが斜め後ろからハンカチの赤色を見ている。

「具合が悪いのか」

「いつものことよ」

 よしと言ってヘレルはこちらを向けと言って私の胸の辺りに触れる。

彼の手は温かかった。

「ん、そなたすでに……」

 目と目が合う。

「わかってるわよ、自分の命で生きてないんでしょ」

少年は確かめるようにきいてきた。

「生きたいか?」

「死にたいわよ」

 ヘレルはそうかと言ってまた椅子に腰掛けた。

 少年はいつもと変わらないはずなのだが、どこか悲しげに私の目にはうつった。

 

 寝ているヘレルにタオルケットをかける。

顔を見ると目から涙の雫が頬を流れていた。

(泣いている……)

 私はその顔が美しいと思ってしまった。

 ヘレルの目がパッと開く。

 胸を押さえた。

「ぐああああああ!」

 突然苦しみだした。

 唾が口の端から流れ出る。

「どうしたの!?」

 私はヘレルに触れようとした。

「触るな!」

 体が固まる。

「でも……」

 寝ていた椅子から飛び起きたヘレルは苦しみながら体を屈め、頭をかかえると肩甲骨のあたりから真っ黒い天使の様な翼を広げた。

 目は正氣を失い血のようなどす黒い赤色になり、髪の毛は逆立ち波打ち、爪は長く伸びて牙が生えている。

 入り口のある方向あたりの壁を魔法で吹き飛ばし、家を出て湖の中に消えた。

現実から隔絶された空間から出て行ったのだ。

「どうすんのよこの壁……」

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