第13話

 幸いと言うべきか、ブリッジとは反対方向に食堂は位置していた。

 副船長が通信魔法でナビをして、ジェシーとハルを除く全員をそちらに避難させることとなった。

 しかし、ジェシーは重要なことに気づいた。


「武器を取りに行く暇はないか」


 彼が実家にいた頃から愛用している、まさかり

 それを取りに行きたいところだが、生憎そんな時間は無かった。


「……私が取ってきましょうか?」


 ハルがそう申し出た。

 ジェシーは少し考え、


「頼めるか?」


「お安い御用ですよ。

 まぁ、戻るまでなるべく死なないでください」


「誰にもの言ってんだ」


 そんな軽口を叩いて、ジェシーはハルを見送る。

 独りになったところで、ずるずる、と這いずるような音が聞こえてきた。

 ハルを見送ったのとは反対側から、その音は聞こえてきた。

 そちらを振り向く。


【花】が居た。

 心なしか、あの口がニタァっと笑ったかのように弧を描く。

 ジェシーは気配を探る。

 他に、【花】の気配は無い。


「あー、ブリッジ、聞こえてるか?

 たった今【花】と遭遇した。

 他に【花】の気配はない。

 貨物室の様子はどうだ?」


【花】から視線は外さず、ジリジリとゆっくり後ずさりする。

 それに合わせるように、【花】が蔦や根を使って移動しくる。

 ゆっくりと、ジェシーに近づいてくる。

 ブリッジにいる、船長から返答がきた。


 ――反応があるのは、その【花】だけだ――


「了解。

 んじゃ、これから甲板に向かう」


 言いつつ、ジェシーは【花】に背を向け、駆け出した。

 それを感じ取って、【花】もジェシーを追いかける。


(目があるわけじゃなさそうだよなぁ。

 つーことは)


 考えつつ、ジェシーは足元を見た。

 振動を察知しているのか。

 それとも音を察知しているのか。

 聞いた話では、音も振動に入るとかなんとか。

 学のない農家の七男坊にはわからない。

 いずれにしても、【花】がジェシーのことを認識しているのは確かなようだ。

 ジェシーへ、【花】の蔦が勢いよく伸びる。

 ジェシーを絡め取ろうとするが、それを彼はひょいひょいと避ける。

 狭い通路内ではあるが、彼は通路をあるいは通路の壁や天井を蹴って走り抜ける。


 まるで、重力を操っているかのようだ。


 長い長い通路の先にある、外へと続く扉が視界に入った。

 そこまで一気に駆け抜けようとした、瞬間。

 ジェシーの足を【花】の蔦が捕らえる。


「いでっ!?」


 顔面からジェシーはすっ転んでしまう。


「え、うそ、まじまじまじ??!!」


 ズルズルと【花】の方へ引きずられる。

 待つのは、あの口だ。


「ちょちょちょ、タンマたんま!!」


 ジェシーは急いで足に絡んでいる蔦を引きちぎろうとする。

 その間にも【花】との距離は縮まる。


「ふんっぬ!!」


 踏ん張れないからか、それとも引き摺らているからか上手く力が入らない。

 不気味な【花】の口が、もうすぐそこまで迫っている。

 ジェシーを飲み込もうと口を開いて、【花】は待ち構えている。


「だぁぁあ!!

 もうめんどくせぇな、どちくしょー!!!!」


 ジェシーはヤケクソで、【花】の蔦を片方の手で掴む。

 同時にすぐそこまで迫っていた【花】の花弁をもう片方の手で掴んだ。

 それを勢いのまま投げ飛ばす。

【花】は天井にぶち当たり、ジェシーから見て頭部より少し先で落ちた。

 蔦もこの時に力を失って解けた。

 ジェシーはこの期を逃さず、【花】を飛び越えて入口へ走った。

 開け放った扉。

 まず視界に入ったのは、どこまで続く空と海の青。

 そこから甲板へと走る。

 甲板はすぐそこだった。

【花】も、追いかけてきた。

 広々とした甲板に出る。

 船が勢いよく波に乗り、海水が舞う。

 それを受けて、【花】が苦しそうに身もだえたように見えた。

 しかし、ジェシーを食べることを優先させたらしい。

 また蔦を伸ばしてくる。

 今度は、何本も。

 それを避けつつ、ジェシーは花を蹴り飛ばすが、しかし海に落とすには勢いが足りなかった。

なによりも、決定打に欠けた。

せめて、【花】の動きを止めるための一撃がほしいが。

船を破壊する恐れがあるので、攻撃魔法はなるべく使いたくなかった。

そうなると、殴る、蹴る、投げ飛ばすくらいしか方法がないのである。


「こんなことなら除草剤も持ってくりゃよかった」


どーすっかなぁ、と打撃を続けながらジェシーは考えを巡らせる。

その時だった。


「ジェシー!

持ってきましたよ!!」


相棒の声が届いた。

見れば、少し離れた場所にハルがいた。

重そうにジェシーのまさかりを引きずっている。

それを、グルグルと体を回して投げて寄越してきた。


「ありがと、ハル!!」


投げられた鉞は、吸い寄せられるかのようにジェシーの手に渡る。

それを握り、ジェシーは【花】を見た。


「んじゃとっとと雑草片付けるか」


ジェシーは【花】へ飛びかかる。

同時に、鉞を振るう。

決着は一瞬でついた。

【花】がざく切りになり、倒れる。


と、そこに波飛沫が飛んで花にかかった。

花が溶けていく。

海へと投棄する手間が省けた。

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