第11話

 Cの部屋を調べたい。

 そのジェシーの望みは、許可された。

 時間の無駄とも思えるその提案。

 提案の理由は至極単純で、


「彼、貨物室で【花】に食われる時、こう言ったんだ。

『話が違う』ってな。

 どう考えても、“自分だけは安全だと思っていたのに、違った”、みたいに聞こえるだろ」


 というものだった。

 もしかしたら、彼は【花】についてある程度の情報を商会から聞かされていたのかもしれない。

 そして、もしかしたらそのやり取りをした証拠があるかもしれないと考えたのだ。

 それは、船長にではなく、疑問をぶつけてきた相棒。

 すなわち、ハルに向けられたものだった。

 けれど、それを聞いた船長は快諾してくれた。

 Dもだ。

 命がそれだけ惜しいのだろう。

 砲撃手と航海士、ジェシーとハルの四人でCの部屋を探す。


「でも、そんな簡単に見つかるかな??」


 Cのカバンをひっくり返しながら、航海士が呟く。


「直のやり取りの記録はないだろうな。

 でも、ああいうタイプは、日記に全部書いてそうなんだよなぁ。

 まぁ、これはただの勘だし。

 無けりゃ無いで構わないんだ。

 でも、もしも有ったなら使いたい」


 ジェシーが返した時だ。

 航海士が日記を見つけた。

 紐で綴じてある、日記帳だった。


 中を確認する。


「普通の日記だな。

 しかし、筆まめな奴だったみたいだな。

 その日食べた食事に、おやつ。

 あはは、歯磨きのことまで書いてら」


 呟いて、ジェシーは部屋の中を見回し、旅行鞄に目を止める。


「…………」


 ジェシーは徐に、その鞄に近づき、開けた。

 中身は着替えと財布、あとはちょっとした生活用品が入って居るだけだった。

 その鞄の裏打ちされた布の部分に触れ、ニヤリと笑う。

 折りたたみ式のナイフを懐から取り出して、切込みを入れる。

 割いた。

 そして、それを見つけた。

 それは、立派な鍵付きの日記帳だった。


「【盗賊】の私より盗賊っぽいですよねぇ、ジェシーは。

 どこで、そういうの覚えたんですか」


 ハルが呆れたようにそう漏らした。


「男兄弟が多いと色々あるのよっと」


 ジェシーは、答えになっていない答えを返す。

 そして、


「鍵は、掛かったままだな。

 ハル、頼む」


 ジェシーは日記を、今度はハルへ渡す。

 彼女も懐から、細い針金を取り出すと鍵穴に突っ込んで、カチャカチャやり始めた。

 そして、


 カチリ。


 日記の鍵が開いた。

 ジェシーは、日記に目を通す。

 やがて、勝ち誇ったドヤ顔で、


「当たりだ」


 そう口にした。



 鍵付きの日記帳には、Cが関わってきたこれまでの商会の裏の仕事について書かれていた。

【花】に関しても記述があった。


「商会が【花】の存在を知ったのは、あの島を買い取ってすぐのことだった。

 調査隊は過去三度派遣されている。

 俺たちを除いて、三度だ。

 一度目ですでに【花】の存在を知り、珍しい花だと思って、俺たちみたいに封印術式を施して持って帰り、調べてみてあらびっくり。

 とある伝説で言うところの、【呪われた花】だったことがわかった」


 ジェシーは、食堂にて鍵付きの日記を見せながら説明する。


「【呪われた花】の伝説は、農民の間でも有名なおとぎ話でな。

 まぁ、俺たち農民の間じゃ【罰当たりのお話】として有名なんだ。

 神様が大切にしてた花を、綺麗だからと詰んだがために神様の怒りを買い、首がもげて死ぬって話だ」


 ハルが口を挟んだ。


「そのお話に出てくる【花】が、あの【花】だと?」


「まぁな。

 誰が作ったかは知らないが、事実としてその話は存在してる。

 なんなら、ほれ、ここ読んでみろ。

 ちゃんと書いてあるだろ?」


 ジェシーは、日記をその場の一同に回し読みさせる。


「昔は、畑で子供がイタズラしないための作り話だと思ってたが。

 どうやらそうじゃないらしい。

 もしかしたら、大昔はその辺の雑草として生えてたのかもな。

 元々あった植物が、外来の植物が入ってきたがために消えるなんてよくある話だぞ。

 ま、生き物にも言えるけどな」


 その言葉を受けて、航海士が明るく言ってくる。


「じ、じゃあ、その外来植物とやらをあの【花】にぶつければいいってことか!」


「その植物がわかればな」


 すでに、ジェシーの言葉遣いも普段のものになっていた。


「昔話は脅しを含んだ教訓話だ。

 だから、花をなんとかしようって話は出てない。

 ましてや、人を食べた、なんて描写もないんだなこれが」


 場の空気が静まりかえる。

 そんな中にあって、ハルだけはいつも通りだった。


「ん??

 ちょっと待ってください。

 一度目で持ち帰っていた??

 じゃあ、二度目と三度目は何故調査隊は派遣されたんですか??

 もっと花をとってこいとか言われたとかですか??」


「そんなところだ。

 二度目は難なく成功し、三度目で失敗した。

 んで、今回の四度目ってことだ。

 そして、Cに欲が出た」


「欲?」


「日記によると、二度目の調査隊が持ち帰った花を調べていくうちに生き物に寄生することがわかった。

 人で実験も行ってたみたいだな」


「実験って、なんの実験ですか」


「新しい武器とか新薬とか、それ系だ。

 それこそ、寄生されてこんな死に方をするんだ。

 少々グロいが、暗殺にも使えるだろ。

 なにせ、触れさせるだけでいいんだから」


 少し脱線した話を戻す。


「Cに欲が出たってのは、商会からこの【花】を奪って逃げようって考えたからだ。

 でも、一人じゃ心許ない。

 それでAを唆し、協力を仰いだ。

 これが、島から船へ戻ったあとのことだ。

 貨物室でCに、商会を裏切って2人だけで逃げ、儲けようと話を持ちかけ、Aは了承した。

 んで、この時Aは寄生されてしまった。

 どんな流れで、Aが素手で【花】に触れることになったかまでは書かれてないな。

 でも、Aが寄生されたのは確実にこの時だ。

 ただ、CはAを利用するだけしたら始末する予定だったみたいだけどな。

 Cは商会から、『不測の事態が起きても、お前だけは助かるように』って言われ、【花】に寄生されないための予防注射を打ってたみたいだ。

 Cが喰われる時に言ってた言葉は、ここに繋がるな。

 寄生されない、を襲われないと受け取ったんだ。

 だから、『話が違う』と口走った」


「え、そんなことあります?」


「普通にあるだろ。

 同じ説明なのに、解釈が違ったりするアレ。

 もしくは、説明の行間とか読んで勝手に説明を付け足すアレ。

 アレが今回起きた」


 ジェシーがそこまで語り、同行者の中で唯一の生き残りとなったDを見た。

 続ける。


「Dさんに確認したいんだが。

 あんた達は全員、【花】についての説明を商会の上層部からある程度聞いていた。

 そうだろ?

 だから、島での採取を俺たちにやらせた。

 予防注射しているとはいえ、怖いものは怖いからな。

 手袋をしていたってそうだ」


 話を振られ、ビクリとDは体を震わせたあと、頷いた。


「でも、Aは寄生された。

 そんでもって、この船だ。

 なんで、今回はこの船だったのか?

 わざわざ最新式まで用意したのか?


 ここからは、俺の妄想だけど。

 商会の上層部は、今のこの状態になることをある程度予測してたんじゃないかと思うんだ。

 この状態ってのは、AとCが商会を裏切り、【花】を奪おうとするって意味だ。

 だから、そうなってもいいように同行者達全員に嘘をついた。

 本当を混ぜつつ、嘘をついた。

 その嘘ってのが、予防注射だ。

 Cには、何かあってもお前だけは大丈夫だと言って。

 それ以外のメンバーには、寄生されないと偽って、なんの効果もない予防注射を打たせた。

 現に、日記にはCだけは寄生されないしと説明されたと書いてある。

 指示通り【花】を持ち帰ればそれでよし。

 失敗したらしたで、【花】が始末してくれるって寸法だ。


 その際、船長含めた乗組員と仕事に関わった俺たちも死ぬことになるが。

 この程度の人員なら補填可能だろう。

 ましてや、俺たち冒険者は腐るほどいる。

 死んだとしても、誰も気にしない連中がほとんどだ。

 なにより、いつ死んでもおかしくないのが冒険者だからな。


 帰りの積荷にしたって、もしかしたら痛手にならない程度の少ない量に調整していたかもしれない。

 他に船を用意してそっちメインで運ばせてる可能性もあるな。

 まぁ、これはほんとにただの妄想だ」


 帰りの港で回収する積荷に関しては、乗組員しか知らないだろうし。

 仮に知っていても、予定量なら誰もなにも言わないだろう。


 そこで航海士が叫んだ。


「馬鹿げてる!!

 それで船を失ったら大損失だ!!」


「失わないんだよ、これが。

 商会は、【花】について研究していた。

 だから、船は今回みたいに【花】が暴れたとしても船が壊れないよう頑丈な最新式の物を用意した。

 そして、これが一番重要なんだが。

 植物が成長するのに、基本的に必要な物がなにか解るか?」


「水と太陽、ですか?」


「正解。まぁ土も必要だが。

 あの【花】にとって、土の代わりになるものが、ここにはあるからな。

 俺たち人間だ。

 それで、ある程度成長できたとしても、海の上じゃあの【花】は長生きできない。

 俺たち人間を養分にして、さらに船の貯水タンクを使ったとしても、遅かれ早かれ、枯れる運命にある」


 ジェシーの確信を持った言葉に、一同の目に光が宿る。

 それは、あの【花】を倒せるかもしれないという意味を含んでいたからだ。

 ハルが訊いた。


「枯れるって、雷撃も火も効かなかったんですよ?

 太陽の光だって効かない可能性があるでしょう?

 それとも私たちが餌になり、その栄養が足りなくなって枯れるのを待つって意味ですか?」


「うん、まぁ、それも考えようによっちゃありだろうな。

 でも、全員、【花】の養分になるのは嫌だろ?

 そんな悠長な方法じゃなくて、もっと簡単な方法がある。

 つーか、あの【花】の場合は、溶ける可能性が高いんだけど」


「勿体ぶらずに、さっさと説明してください。

 つまり、ジェシーは【花】の弱点を知ってるんですよね??

【花】を溶かす成分があることを、知ってる。

 何なんですか、それは?」


 ニヤリと笑って、ジェシーは返した。


「塩だよ」

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