第5話

 船はすでに帰路へと動いていた。


「いやぁ、早く仕事が終わってよかったよかった」


「あとは帰るだけだ。

途中の港で美味い魚料理食いたいな」


「日記のネタにも困らないな、この旅は。

 続けてると、書くこと無くなるんだよ。

 あ、そうだ、途中の港で家族に土産買わんと」


「あぁ、お土産!!

 私もお姉ちゃんに買って帰らなきゃ!」


「どの港に寄るんだっけ??」


 夕食時、同行者A、B、C、D、E達はそんな話題で盛り上がっていた。

 食堂には五人がけの円卓がいくつか用意されていた。

 ジェシーとハルで一つの円卓。

 同行者で、一つの円卓をそれぞれ使用していた。

 和気あいあいとしたそんな空気は、しかしAの異変によって終わりを告げた。

 Aがいきなり気分が悪そうに胸元を抑えたのだ。

 吐き気をもよおしたように見えた。


「おいおい、大丈夫か?」


 同行者の中の誰かが、そう声をかけた時だ。

 急にAは立ち上がった。

 かと思ったら、床をのたうち回り始めた。


「え、ちょちょちょ?!」


「なに、大丈夫?!」


 女性陣が甲高い声を上げた。

 厨房から料理人も、何事かと顔を出した。

 その時BとCが、のたうち回るAを抑えようとした。

 瞬間、Aの喉が突如として裂けた。


「……へ?」


「ひっ!?」


 同行者の女性陣。

 すなわち、同行者DとEがそれぞれ声を漏らした。

 というのも、Aの喉が裂けたためそこから血が飛び散ったのだ。

 飛び散った血は、思いのほか量が出てAを押さえつけようとしていたBとCを赤く染め上げてしまう。

 事態はそれだけでは終わらない。

 バタバタとAはひっくり返った亀のように、手足をばたつかせる。

 それをまたBとCが押さえつけようとする。

 Bが裂けた首を抑え、止血しようとした時だ。

 今度は、その指が切られ、飛び、床に転がった。

 見れば、首の裂けた部分からカマキリの手の形、つまり鎌の形をした何かが見えていた。

 血にまみれていたが、微かに緑色であった。

 Bがパニックになりつつ、Aから離れる。

 それはCも同じだった。

 瞬間、パカッと、Aの首が割れるように折れ曲がり、それは姿を現した。

 それは、あの毒々しいユリに似た花だった。

 場の空気が凍った。

 Aもパタリ、と動かなくなった。

 声を上げたのは、Bだった。


「なんなんだ、これ?!」


 ここで動いたのがジェシーだった。

 テーブルに置かれていた、晩酌用の酒瓶。

 空っぽのそれを手に取り、その花を殴り付けようとする。

 それを、Cが制止させる。


「待て、殺すな!!」


 ここで、ジェシーは一瞬考えた。

 それがいけなかった。

 花はまるで意思があるかのように、一同を見回したかと思うと、


『ーーーーーーーっ!!!!!』


 ガラスを引っ掻いたような甲高い、耳障りな音を発生させ、滑るようにどこぞへと逃げて行ってしまったのだった。

 その音に、全員が耳を抑え動けなくなってしまう。


 そして、花がどこぞへと消えた後。


「……何なんですか、あのモンスター」


 ハルが茫然とそう呟いたのだった。


 その直後、騒ぎを聞きつけた船員――航海士と砲撃手、そして船医が駆けつけてきた。

 ジェシーと同行者たちが、なにが起こったのか説明し、手分けしてあの花のモンスターを探すということとなった。

 Aについては、ダメ元でハルが回復魔法を掛けた。

 しかし、首は繋がってくれず、船医によって死亡が確認された。

 船上でこのようなことが起こるのは、わりと普通だからか、遺体を清めたあと用意されているという棺桶へ、Aを納めると、安置室へと運ばれた。

 その間に、ジェシー達捜索組みはあの花のモンスターを見つけるために、船内をウロウロしていた。


 全員が全員、まとまって動いたのでは効率が悪い。

 そのため、ジェシー&同行者B&Dで一つの班。

 そして、砲撃手&同行者C&Eで一つの班として、二手に分かれることとなった。

 航海士は、船長と副船長へ報告へ行き、船医とコックは食堂で待機している。

 一番年下でまだ子供と言えるハルも待機を命じられたが、


「いえ、これでも冒険者なので」


 と言って、ジェシーを探しに食堂を出た。

 ハルとジェシーは、通信魔法で繋がっているので難無く合流できた。

 そして、通信魔法で繋がっているのは同行者と船員達も同じであった。

 ジェシーと一緒に行動していた同行者Bが、自分たちや船員とも連絡がとれるよう、繋げておいてほしいと打診し、ジェシー達はこれを快諾した。

 捜索しつつ、通信魔法でほかの同行者や船員達と連絡が取れるよう調整する。

 それを終えると、ハルはキョロキョロと通路を見回しながらジェシーへ訊いた。


「あのモンスター、いったい何なんですか??」


「さてね。

 少なくとも、人に寄生するタイプは初めて見た。

 それも、寄生虫じゃなく、花だ。

 今まで聞いたこともない」


「ということは、新種ですか??」


「かもしれない」


 そんな二人の会話を同行者BとDが、耳だけ向けて聞いている。

 それを分かっていたが、ジェシーは声を落とすことなく続けた。


「でも、謎のいくつかは解けたな」


「謎?」


「ついさっきのこと、忘れたわけじゃないだろ??

 あの花はどうやって、出てきた??」


「えっと、たしか首を切り裂いて」


 口にして、ハルはハッとした。


「そういうことだ。

 商会の担当者の人が言ってた状況と同じだ。

 つまり、前の五人、絵を書いた人もいれると六人か。

 その六人全員が、あの花に寄生され、ああやって死んだんだろう。

 今回は、その場にいた人間が押さえつけようとしたから暴れたように見えたが。

 もしかしたら、先の六人の時はそれが無かった。

 争った痕跡はなかったけれど、胸を抑え苦しみ、のたうち回ったような痕跡はあったらしいからな。

 まぁ、ただの想像だけど」


「でも、それならさらに不思議ですよね」


「……なにが?」


「ジェシー、気づいてないんですか??」


「……とりま、言ってみろ」


 ジェシーは、ハルへ返しつつ、チラッと同行者BとCを見た。

 なにやら気遣わしげに、二人はこちらを見ている。


「なんで、あの人は寄生されてたんですかね?

 だって、花を採取したのは私達、もっと言えばジェシーですよ?

 なら、ジェシーだって同じようになっていてもおかしくはない。

 それなのに、ジェシーは普通にしている。

 寄生されていない、と言えますよね?」


「ま、体調に変わりはないしな」


「それじゃ、いつ、あの人Aさんは寄生されたんでしょうか??」


 言外に、いつAは素手であの花に触れたのか、という疑問が提示される。


「わからないな。

 島では一時的に別行動とってたし。

 船に戻ってからも、それぞれ自由に行動していた。

 Bさん達はその辺、なにか知ってますか??」


 不意打ち、というわけでも無かったが、同行者BとDは狼狽したように見えた。


「少なくとも、島での別行動の際はそんなことは無かった。

 そもそも、あの花自体、あの洞窟以外には生えていなかった」


 Bが淡々と説明し、Dも頷いている。


「なるほど。でも、どこかでAさんは花に触れてるはず。

 そうでなければ、寄生された経路がわからない」


 ジェシーは言葉を選びつつ、そう言った。

 そして、こう続けた。


「島で触れることが無かったのなら、やっぱり船内ってことになるけど」


 しかし、採取した花の管理は同行者達が行っていた。

 依頼用の花を入れた袋の行方は、正直に言ってしまえばジェシー達は知らないのだ。

 こっそり採取した物に関しては、ジェシーが厳重に封印を施して隠してある。

 こんなことになったのだ。

 もし見つかると、余計な疑いを掛けられてしまうのは目に見えていた。


「……あっ、もしかして」


 ジェシーの言葉に、何かを思い出したのかハルが小さく呟いた。


「あの、船に戻ってきてからなんですけど」


 そう前置きをして、ハルが説明した。

 ハルが思い出したのは、船に戻り、暇つぶして船内を散策していた時のことだ。

 ハルは、Aと遭遇していたのである。

 そのことを思い出し、説明した。


「まだ仕事あるとかで、貨物室に行くんだと言ってました」


 同行者達の顔が見る見るうちに青くなっていく。


「仕事があるって言って、貨物室に行ったのか」


 ジェシーは確認した。

 ハルは頷く。


「そう言ってましたね」


 ジェシーは、同行者BとDを見る。

 容赦も躊躇いもなく、ジェシーは疑問をぶつけた。


「確認なんですけど、例の花はどこにあるんですか??」


 Bが答える。


「貨物室です」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る