お口チャックは今ココで 後編/▧

「やっぱりそんなこと、あるわけないよね」


 

 私は溜め息をつきました。


 七葉公園。思い出の場所。入ってすぐそこにあるサッカーグラウンドは、タロ君がよくボールを蹴っていた場所でした。

 ここで。私もタロ君とボールを蹴ったこともあります。鬼ごっこをしたことだってあります。缶蹴りをしたことだってあります。かくれんぼをしたことだってあります。沢山の、思い出があります。


 そんな夢のようなひとときは、もう戻ってこない。一年前。あの車が、あの交通事故が、全て奪い去ってしまったから。

 これから彼が追いかけるはずだった〝夢〟を、残酷なまでに消し去ってしまったから。


 私は泣きません。

 私の涙は、あの夜に───彼が私に勇気を出してくれて、その後事故にあったあの日に、既に枯れていますから。


 とかなんとかカッコいい事を言ってみましたが、でもやっぱり、私の視界はぼやけてしまうもので。


「お姉ちゃん失格だよ」


 虚しく、呟きました。

 ぼやけた視界のまま、公園の通りを歩きます。俯いたまま歩いていると、そこに影が現れました。


 少年の、影。

 あれ。

 どこかで。

 ずっと。

 胸がきゅっとなるような。


 もし、これが彼の亡霊だったら。

 たとえば、そんな夢。

 夢でもいいですから。

 せめて。


「私ね、タロ君のこと───」


       ◇


 夢に描いた台詞。

 でも、駄目だよ、ミノ姉ちゃん。

 その言葉は、この僕のいない世界の未来に、とっておくべきなんだ。


 ───ボクボクでいい。


       ◇


 影は、人差し指を立てて、口に当てるようなジェスチャーをしました。


 あぁ───やっぱり。


 ジェスチャーの通り、口を閉じました。

 立ち止まっていた私は、再び歩きだしました。

 またあの影を見てしまうと、───下を向いてしまえば、涙が溢れてしまいそうで。だから。私は空を見上げました。


 橙色の空。残酷なまでに美しくて。


       ◇


 僕は、歩きだした。

 お姉ちゃんの横を通り抜けて、もちろん、振り向かない。幽霊は涙を流さないけれど、でも、なんだか下を向きたくなくて、空を見上げた。


 オレンジ色の空。はかなく美しい。


       ◇


「ありがとう、タロ君」


 上ずった声は、どこに響くまでもなく、夕焼けに溶けていく。


 それから私たちは、黙ったまま、公園を出ていきました。


       ◆ - - - /


 僕はまた、夢を見る。

 頁をめくる。

 僕はあくまでも読者。

 彼女は主人公。

 黙々と、彼女のおはなしを読み進める。

 喜怒哀楽に満ち溢れ、ちょっぴり優しさが多めの、地球上の誰よりも素敵な物語を。




 さて、次のページは。

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〖5分で読書〗お口チャックは今ココで YURitoIKA @Gekidanzyuuni

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