〖5分で読書〗お口チャックは今ココで

YURitoIKA

お口チャックは今ココで 前編/□

 ───たとえば、こんな夢を見た。

 それは、彼女と、彼女の友達との一ページ


       ◇-2013/08/12/13:54


 とある真夏日───八月の十二日。お盆直前、といったところで、私と親友の恭子きょうこちゃんは小学校にやってきていました。


 私達学生にとっての、夏休みのビッグバッドイベント。夏休みの宿題。その中でも自由研究はラスボスたる威厳がありました。……私と恭子ちゃんは、教室に集まって、二人で協力し合いながら宿題を終わらせようとしたのです。


 時刻は十四時。

 宿題もようやく終わりが見えてきました。私は十日間コーラに歯(夏休み前に抜けた私の歯です)を浸けて、『本当にコーラの飲みすぎで歯が溶けるのか』という研究。恭子ちゃんは、『即興牛乳パック舟』……だとか。


 恭子ちゃんは牛乳パック舟製作の手を止め、真剣な表情で、唐突に語り始めました。


「ミノちーはさ、好きな人とか、いるの?」

「え?」


 ポカンと口を開いてしまいました。きっと、世界中の誰が見ても間抜けと評する顔をしていました。


「私は……分かんない」

「えぇ~なに分かんないって。ねね、誰なの誰なの居るんでしょ。ウチらのクラス? この学年?」

「別に、大したことじゃないよ。……恭子ちゃんはなんでそんなこと気になるの?」

「だって夏といえば恋バナでしょうが」


 年中言ってそうでした。

 そもそも、そんな格言聞いたこともないのですけど。


「なんだよなんだよ。恋愛はいつだって〝大したこと〟だろうがよぅ。ウチらは誰かの愛で生まれたんだ。誰かの愛で人は生きてるんだよ! 世界は愛で愛は世界なのだよっ!」


 恭子ちゃんは、どんっと机に片足を乗っけて、偉人の真似事みたいに指を天へ突きつけています。……残念ながら、そこに青空はなくて、ただの真っ白な天井しか無いわけですが。


「高学年にもなってはしたないよ、恭子ちゃん。上履きだって汚いんだから、降りたらちゃんと拭いてね」

「……ミノちー、また真面目ちゃんモードで話を逸らしたな……」


 どうやら恭子ちゃんは拗ねてしまったようで、ぷくりと口をフグみたいに膨らませていました。今回ばかりは曖昧な答えをした私も悪いので、「ごめん。恋のお話は修学旅行の時にとっとこ?」と提案しました。

 彼女は依然として私を胡乱な目で睨んできますが、やがて納得したようで、「じゃ、今日駄菓子屋一緒に行ってくれたらいいよ」と、なんとかいつもの笑顔に戻ってくれました。


 ───ごめんね、恭子ちゃん。

 私は、


    ◆ - - -


 たとえば、こんな夢があった。

 僕と彼女の、一貢。


    ◇-2010/08/09/16:29


 或る夏の日。

 私は隣の家/■■君の家に来ていました。


 ───ひとり親家庭。■■君のお母さんは仕事の忙しさのあまり、一日のほとんどが家を空けています。

 私は彼の二歳年上。つまりはお姉ちゃん。彼の面倒をみることになったのも必然でした。


 ■■君はいつも甘えたがりで、泣きそうな顔ばかりしています。

 今日も、彼の瞳は涙で潤んでいて、とりあえず、私は彼の問いを復唱しました。


「自由研究を手伝ってほしい?」

「うん、これを作りたいんだけど」


 言って、彼は『自由研究ガイドブック』なる分厚い本を私に差し出しました。開かれているページには、『ペットボトル鳥籠』と書かれています。


「ペットボトルを鳥籠に見立ててるんだ! すごい。でもこれ、かなり難しいと思うよ?」


 彼は「もちろん」と強く頷きました。


「だから、その……駄目かな」

「何言ってるの」


 またうつむこうとする彼の頭を両手で掴みました。「ごめんなさい!」と叫びながら、ぽろぽろと涙を溢す彼の口に、私は人差し指を当てて、「はい。お口チャック」と言いました。


「ね、■■君。謝ったりなんかしないで。私は、あなたのお姉ちゃんなんだから。血は繋がってなくても、私達はずっと一緒なんだよ? だから、なんでも頼って良いの。家族に、悪いこともしてないのに泣いて謝るだなんて、おかしな話でしょう? それに。誰かを頼るってことは、とっても勇気がある証で、むしろ褒められることなの」


 彼の口に立てていた人差し指を離して、今度はその手で頭を撫でました。


「ほんと?」

「ミノお姉ちゃんは嘘はつかないんだよ」


 えっへん、と胸を張って、言いました。

 たちまち、どこかおかしくなってしまって、お互いに声を上げて笑いました。


 思えば───彼に対しての、初めての『お口チャック』でした。


       ◆ - - -


 たとえばそんな夢があった。

 僕と、彼と、彼女の一貢。


       ◇-2011/08/12/16:48


 或る夏の日。

 七葉公園でのいつもの光景サッカー練習

 コーナーキックの練習。ケンジからのクロスを、そのままインステップでシュートし、ゴール。六十七回目にして、ようやく形になった。


「っしゃあ!」


 僕にしては珍しく、右腕を天に掲げ、声を上げて喜んだ。すかさずケンジも僕の方へと走ってきて、「ナイッシュー!」と叫びながら抱きついてきた。いつもならすぐ突き放すけど、今日ばかりは抵抗しなかった。それほどまでに嬉しかった。


「ナイッシュ、■■君」


 すると、聞き覚えのある声───いや、耳に入るだけで、ただでさえうるさい心臓の音が、もっと高鳴るような。とある魔法みたいな声が聞こえた。


「ミノ、姉ちゃん?」

「うん。たまたま習い事の帰りに通りかかったの。いいシュートだったよ、二人とも」


 ミノ姉ちゃんは、僕からケンジへと視線を流した。ちょっと、妬ましい。


「あ、あれは僕のダイレダイレクトシュートだ!」

「はぁ!? 俺ちゃんのナイスアシストのおかげだろうがっ!」


 いくら彼が、僕の大切な親友であろうと、なぜか、どこか、譲れないものがあった。


「で、でもなぁ」

「まだ言うかぁ?」

「ストップ二人とも。お口チャック。はい、スポドリ」


 ミノ姉ちゃんは僕たちの口に、スポーツドリンクのペットボトルを当てた。その冷たさがとてつもなく気持ちいい。


「チーム競技は助け合いが命なんだよ? 誰かの力になれるケンジ君、誰かの力をカタチにできる■■君。うん。二人とも、将来は名選手だね」


 僕とケンジは「ありがとう」と言ってペットボトルを受け取った。躊躇なくスポドリをラッパ飲みするケンジと、顔を真っ赤にする僕。


 やっぱり、ミノ姉ちゃんは魔法使いなのかもしれないと、僕は真剣に考えてしまった。


       ◆ - - -


 たとえばそういう夢を見た。

 彼女と彼女の友達と。

 懐かしい氷菓の一貢。


       ◇-2013/08/16/15:27


 恭子ちゃんの自由研究課題をいよいよ終わらせないといけない、ということで、私は彼女の家に来ていました。二人揃って縁台に座っています。

 彼女はチューペットを半分に折って、「夏と言えばアイスだよね~」と片方を私に差し出しました。

 チューペットを吸ったり容器の上から噛んだりと、お馴染みの方法で黙々と食べていました。


 ジージー、というアブラゼミの大合唱の最中、ふと私たちの真後ろ───仏壇の方を見ると、ナスのお供え物がこちらを見つめていました。二本の足と、紙でできた瞳。あの創作センスの持ち主は、世界に一人しか検討がつきません。


「恭子ちゃんがあのナスのお供え物作ったの?」

「うん、そだよ。二足歩行だよ」

「すごいバランスだね」

「でしょ? すごいでしょっ!」


 ツッコミを入れるのは……やめることにしました。話題を変えて「そういえばもうお盆も終わっちゃうね」と言うと、恭子ちゃんは分かりやすく肩を落としました。


「ってことは夏休みも終わっちゃうってことだよ。うーん、どうする? 七葉公園に遊びに行く?」

「まず先に宿題だよ」

「ちぇ。あ、でも駄目か。お婆ちゃんが言ってたんだけどさ、あそこってお墓が近くにあって、三鐘みかね川の近くでもあるでしょ? だからお盆の幽霊が出るんだって」

「幽霊……」

「幽霊かぁ。一度会ってみたいかも。肝試しチャレンジする?」

「しないよ。だから宿題が先。……そもそも、私お化け嫌いなんだ。だから絶対に近づきたくないかな」

「そっかぁ。よし、じゃあぱぱっと牛乳パック舟完成させて、花火でもしよっ!」

「あ、ごめん。恭子ちゃん。今日はあとで、ちょっと予定あるんだ」

「ん? あー、か。うんっ、ならしゃあーなしだね。そうとなれば、ハイスピードで完成させるよっ!」


 私は「うん」と笑顔で頷いて、それからもう一度、あのナスのお供え物を見つめていました。


       ◆ - - -


 たとえば、

 ……そんな、夢もあった。


       ◇-2012/08/13/17:01


「僕、いつかサッカー選手になるよ」


 ■■君のその言葉に、私は思わず彼の両手をぎゅっと掴んでしまいました。


「ミノ姉ちゃん……?」

「うん、うんっ! なれるよ、■■君ならっ」


 出会ったばかりのころは泣いてばかりで、前へ進むことをとことん嫌っていた彼が、夢を想っている。彼とずっと一緒に過ごしてきた私は、その言葉が嬉しくてたまらなかったのです。


「えと、ミノ姉ちゃん。ずっと今まで言えてなかった気がするから、今言うんだけど……いつも、ありがと」

「うん……え? 急にどうしたの?」

「いや、別に。僕、甘えてばかりだった気がするから」

「甘えてばかりだったね」

「あ、ごめ」

「甘えてばかりだったけど、でも、そのおかげで、今のかっこいい■■君がいるっていうのなら、ハッピーエンドなんじゃないかな」

「そう、かな……。僕、かっこいいかな」


 また地面とにらめっこする■■君。私は下から覗き込んで、にっこりと笑いました。


「うん、かっこいいよ」

「…………。あのさ、ミノ姉ちゃん」

「毎度毎度改まらなくていいよ」

「いや、これは改まらないと駄目なんだ。その、……っ、さ。僕、ミノ姉ちゃんのこと、好きなんだ」

「─────」


 空気が、固まったような。


「…………」


 世界が、終わったような。


「ありがと、■■君。私も■■君のこと、大好きだよ。なんていったって、お姉ちゃんなんだから───」

「違うよッ!」


 その時はじめて、■■君が私に声を荒げました。驚いてしまって、私は口を開くことができませんでした。


「ぼ、ぼく僕は、恋愛対象として、ミノ姉ちゃんのことが好きなんだ。大好きなんだ。今からハグしてチューしたいくらい、好き、なん、」


 段々と、みるみると、顔が赤くなっていく■■君。


「なんでもないっ! あ、ぼ僕ドリブルの練習して帰るから! 先行ってるねっ!」


 ■■君はボールを蹴りだして、行ってしまいました。私も追いかけようとしましたが、彼の足は早くて、追いつけそうにありませんでした。


 ■■君の、気持ち。

 ───いつから、なんでしょう。


 帰ったら、今日も彼と晩御飯を食べる。その時、聞いてみよう。そして、私も答えなきゃ。私の、本当の気持ちを。


       ◆ - - -


 たとえば。これらの夢が本当だったとして、彼女の気持ちとはどんな内容だったのか。いや。どんな言葉だったのだろうか。


 たとえば。僕が■■■■■■として、その言葉を聞くことができたのだろうか。


 たとえば。僕が告白に成功していたら、彼女と、ミノ姉ちゃんと、付き合えたのかな。


 ───それは、じゃないか。

 お口、チャック。


       ◇-2013/08/16/16:32


「ちょうど、一年だね。こういうのを、祥月命日しょうつきめいにちって言うんだよ。タロ君」


 私はタロ君のお墓参りを済ませた。

 ……ひとつ、気になることがあったので、七葉公園に向かってみることにした。


 淡い、希望を抱いて。


       ◇-2013/08/16/16:33


 名前を呼ばれて。

 ようやく僕は、目を覚ました。


 目を覚ました場所は、どうやら七葉公園のベンチのようだった。


 トクン、と。胸が高鳴る音がした。

 でも、それは偽物。

 死人に心臓の音がするわけない。

 でも、確かに聞こえてる。


 お盆の日だから、ここに〝在る〟ことができているのか。───それとも、ミノ姉ちゃんに対する未練があるからか? ……後者だとすれば、僕は僕のことが大嫌いだ。


 ミノ姉ちゃんは、既に僕のいない世界を生きている。


 なら、僕が割り入る隙間は無い。


 死人に口無し。


 小学生だって知ってる、当たり前の方程式。


 彼女が、僕に未練を残してはいけない。


 ミノ姉ちゃんは、来年から中学生になる。輝かしい未来がある。その邪魔を、しちゃいけない。弱虫泣き虫の僕に、一歩踏み出せるきっかけをくれた、かけがえのないお姉ちゃんの足にしがみつくだなんて。


 そんなのは、駄目なんだ。


 僕は、元の居場所に戻ることにした。

 ゆっくりと、ベンチから立ち上がる。


 「─────」


 ……そこに、彼女が、現れた。

 ほっぺをぐいっと引っ張る。

 夢じゃ、ない。

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