『あなたの意識を一心に! 一心入魂』
蒼井どんぐり
『あなたの意識を一心に! 一心入魂』
「ああああああああああ!」
なんとか私は集中しようとするが、どんどんと発想が脱線、雑念となり、過ぎていってしまう。
「は、今何時だ……」
時計を見る。もうすでに次の日になっている。まずいまずい、全然進んでいない。締め切りが迫っているというのに。
ずっと集中して私は文章を書いている。服も着替えず、頭もボサボサ、机の周りは飲み干した2Lペットボトルとお菓子の袋をまたお菓子の袋に詰めるという行為を繰り返し肥大化したゴミが散乱している。
私は部屋に齧り付き、何時間も次の作品に取り組んでいる。
それなのに。
原稿を入力しているPCの画面に目を向けると、そこには真っ白なページ。そして、なけなしの冒頭数行だけが書かれている。全然進んでいない。
そもそもなんで進んでいないんだ? 描き始めのプロットはもう思いついている。
冒頭の始まり方はこうだ。交差点で出会う男女。数年越しにある日だけで会うその男女は相手のことが気になり始める。その交差点のモデルは自宅近くの桜の花びらが舞うあの交差点にしよう。とても印象的だったあの交差点、そういえば、あの角の家、工事で取り壊していたが、立て直すのだろうか……。
先日、昼過ぎにあの家の前を通った時は、数人の子供たちがゲームを持ち寄って遊んでいた。そういえば、あそこに住んでいた子もそこにいたのかもしれない。もう引っ越したんだろうか。放課後ゲームを持ち寄るなんてちょっと懐かしい。私も小学校時代はよく携帯ゲーム機で友達と放課後対戦していたものだ。あの育成ゲーム、私だけプレイ時間が100時間超えてて誰にも負けなかった。あのソフトどこにあったけ……。
「あああああ、だめだめだめ、どんどん脱線していく!」
アイデアを考える上では発散は重要だ。いろんな方向に考えが飛んでいくこと自体は悪くない。
でも今は、集中して書き進めることこそが重要。
そう考えを巡らせた私は助けを求めて、ずっと隠していた秘密道具を出すことにする。机の脇のペン立てに刺した一つのボールペン型のデバイス。
『あなたの意識を一心に! 一心入魂』
何か効果音が聞こえてきそうなテンションでそれを取り出す。
ある時、執筆サイトでそう宣伝されていたのを見て、勢いで購入したこのデバイス。見た目は今は懐かしい、アルミ製のアナログなボールペンの形状をしている。持つと、よし書くぞ!という感覚を感じさせ、手に馴染む感じがとても良い。
今日のように執筆に詰まっていた時、何気なく見た商品紹介。
『この商品はあなたの心を一点に集中させます!』
『このペンの頭をクリックをするだけで、あら不思議! 願ったこと以外は綺麗に頭から抜けて、目の前の問題に集中することができます』
『これであなたも生活の全てを物語を紡ぐことに注げる、それ以外のことは忘れて魂を執筆に捧げましょう!」
『魂を執筆に捧げましょう!』はちょっと怖いが、今はつべこべ言わない。私は今青い猫型ロボットの力が借りたいぐらいだ。悪魔にだって心を売りたい。
私は覚悟を決め、『一心入魂』を手に持ち、切実に願う。そう、雑念を振り払え。今は物語を紡ぐことに集中しろ。
でも本当に効果あるんだろうか。むしろどうやって雑念を振り払うんだ、電子信号かなにかが機械から発するんだろうか。ボールペン型の形ってだいぶ小さい。どこにそんな機械が入っているんだ?
この上部の部分が少し太くなっているから、ここにボールペンの芯のような形で入っているのか。もしかして、入れ替えとかすると機能が変わるタイプ?
だとしたらちょっと面白いし、気になる。上の蓋を取って、抜き出せ……
おいおいおい、全然、効果ないじゃないか!
雑念がどんどんと広がっていく。
だめだ、忘れろ。忘れろ。執筆以外のことは忘れろ。発散はだめ雑念はだめ発散はだめ雑念はだめ。書くことに集中するんだ、それ以外は全て振り払って、忘れろ忘れろ忘れろ……。
無駄なことは考えるな。雑念を振り払え。雑念を振り払え雑念を振り払え雑念を振り払え
雑念?
「ああああああああああ!」
なんとか私は集中しようとするが、どんどんと発想が脱線、雑念となり、過ぎていってしまう。
「は、今何時だ……」
時計を見る。もうすでに次の日になっている。まずいまずい、全然進んでいない。締め切りが迫っているというのに。
ずっと集中して私は文章を書いている。服も着替えず、頭もボサボサ、机の周りは飲み干した2Lペットボトルとお菓子の袋をまたお菓子の袋に詰めるという行為を繰り返し肥大化したゴミが散乱している。
私は部屋に齧り付き、何時間も次の作品に取り組んでいる。
『あなたの意識を一心に! 一心入魂』 蒼井どんぐり @kiyossy
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます