第7話 初めての友達は皇女さま

エヴァと合流し、私たちは会場へと戻る。

しかし子供たち専用の会場には戻らず、廊下の隅で時間を潰すようにした。


本当は、今すぐにでも帰りたかった。

けれど、私たちで勝手に帰るわけにはいかない。

お父さまが出てくるまでは、ここで待っていないと。


待っている間、エヴァと色んな話をした。

お菓子の話や、洋服の話、魔法の話、これからの話。

その全てが、楽しい話だった。


やがて両方の会場の扉が開き、子供と大人が出てくる。

しかし、お父さまの姿はない。まだ話しているのだろうか?


「え?まだいたの?」


声をかけられて振り返ると、先ほど文句を言っていた令嬢が立っていた。

エヴァが少し前に出る。


その様子を見ていたのか、どんどん子供たちが集まってきた。

前世ではこんな視線にさらされることはなかったが、今なら分かる。

子供たちは、残酷だ。


「あんた、能力なしなんでしょ?貴族として恥ずかしくないの?」

「平民よりも力がないなんて、変なのー!」

「あなたみたいな人が来る場所じゃないのよ。早く帰りなさい」


本来なら伯爵家の令嬢に言っていい言葉ではない。

だが、お父さまは私のことをもう見棄てている。

それを知っているからこそ、この子たちは私に絡んでくるのだろう。


「お姉様は必ず強くなる。あなた達なんかよりも」

「でも今は弱いじゃん!」

「そうよ!出ていきなさいよ!」

「エヴァ……もういいよ……」


所詮は子供の言葉だ。

私にはエヴァがいる。それだけで十分だ。

そう思い、エヴァの袖を掴もうとしたとき。


「何の騒ぎです?」


凛とした声が響き、エヴァも、暴言を浴びせていた令嬢たちも押し黙る。

気楽に話してはいけない、そんな雰囲気が場を支配した。

現れたのは輝くような銀髪をアップにした髪型の少女。その頭にはティアラが乗っている。


「ローズ皇女殿下……」


先ほど遠くから見ただけの皇女さまが立っていた。

その視線は興味深そうに私たちを見つめている。


まさかの登場に一瞬時が止まったが、私を責めていた令嬢が皇女さまに声をかける。


「ローズ様。発言失礼します。ウリア様は伯爵家なのにも関わらず、平民よりも能力がありません。それゆえこの場を去った方が良いとお声がけしたのですが……」


その言葉に、皇女さまの目がつり上がる。

鋭い目が、私を捉えた。


「平民よりも能力がない?」


体が、震える。

私はまた責められると思い、目を伏せた。


「そんな理由で他人を見下すあなた達の方がこの場にふさわしくないと思いますが」


その言葉に、私は思わず顔を上げて皇女さまをまじまじと見てしまった。

皇女さまは、優しく微笑んでいた。


(あ……)


その笑顔が、エヴァのものと同じだと気づいた。

私自身を見てくれる、お母さまと同じ笑顔。


「ウリアさん、申し遅れました。私はロゼリア・フォン・エディンバラと申します。私、実は同年代の友達がいなくてとても寂しい思いをしていました。よろしければ、お友達になってくださいませんか?」

「え……えぇ!?お、皇女さま!?」

「まあ、そんなに驚かないでください。私はウリアさんが気に入りました。どうぞロゼリアとお呼びください」

「あ、ありがとうございます……私のほうこそ、よろしくお願いします」


う、嘘……皇女さまってこの国ですっごく偉い人だよね?

そんな人と、お友達?え、初めてのお友達が、皇女さま!?


私が混乱しているとロゼリアさまはエヴァを見て微笑んだ。

エヴァも皇女さまが急に来て驚いているのだろう、目をまん丸くしている。


「あら?あなたはウリアさんの妹ですか?よろしくお願いします。ロゼリア・フォン・エディンバラです」


ロゼリアさまは笑顔でエヴァに手を差し出す。

しかし、エヴァは固まったまま動かない。おそらく緊張しているのだろう。

私が腕をちょんちょんと指でつつくと、慌てて手を差し出した。


困ったように苦笑いをしている。分かる、私も同じ気持ちだったよエヴァ。

内心で妹に同情しつつも、初めての友達に、私はわくわくしていた。

その笑顔は苦笑いというよりも、ひきつっているようにも見えなくないけれど。


「私、同じような適性を持つエヴァさんと、その姉であるウリアさんが気になっていたんです」

「え?で、でも私の適性は……」

「先ほども言いましたが、適性なんて今は何の意味も持ちません。どのように成長するか、それはその人次第です。私はむしろ、低い適性でも頑張るウリアさんの心の強さに惹かれました。どうです?今度お城で一緒にお話ししませんか?もちろんエヴァさんも一緒に」

「よ、喜んで参加させていただきます!」

「…………」


皇女さまのありがたい言葉に私は食い気味に返してしまった。

なんて良い人なんだろう。心からそう思っているのが伝わってくる。


しかし、エヴァの様子が先ほどからおかしい。

まったく微動だにせず、固まってしまっている。


いくら皇女さま相手でも、ここまで驚くようなことだろうか。

その様子を不思議に思いながらも、私はロゼリアさまとお友達になった。







「なるほど、そんな風に教えるなんて、エヴァさんは詳しいんですね」

「……えぇ、まあ。お姉様のためですので」


後日。私たちは三人でお城の中庭に居た。メンバーはロゼリア様、エヴァ、そして私だ。

ロゼリア様は私たちのことをかなり気に入ってくれているようで、時間さえあれば私たちに会おうと連絡をくれる。


「ふむ……ですがウリアさんがこれ以上強くなるには、やはりテスタロッサは必要なのでは?」

「……見つかれば苦労はしません」

「まあ、テスタロッサは本当に運ですからね。一応城にいくつかあるので、試してみますか?」


テスタロッサというのは、使用者を強くしてくれる武器のようなものだ。

普通のものと、専用のものがあるらしく、どちらが手に入るかは運次第。

にもかかわらず、その運を試すのにも莫大なお金がかかるとか。


ロゼリアさまはもちろん、エヴァも専用のテスタロッサを持っている。

うらやましくは思うけれど、私は魔法もまだまだなレベル。

もっと先の話かと思っていたが。


「そ、そんな貴重なものを使っても良いのでしょうか?」

「まあ、起動させるだけなら価値はそこまで落ちませんし、大丈夫ですよ。もってこさせますね」


アルトリウス伯爵家でもエヴァの専用テスタロッサを引き当てるまで、かなりお金をかけたと聞く。

私なんかにそんな貴重なものを、と思ったがロゼリアさまはもうメイドに指示を出していた。


しばらくすると、丁寧に梱包された球がいくつかテーブルの上に置かれた。

テスタロッサは覚醒前はすべて同じ形をしている。

ここから専用のものになるかどうなるのかは、私の運次第だ。


その一つ一つを手に取り、テスタロッサを覚醒させていく。

ロゼリアさま曰く、「目覚めろ」というのが覚醒、および起動のキーワードなのだという。


「ダメですね」

「うん、ダメ」


槍や刀、剣といった様々な形に次々と変化していくテスタロッサ。

しかしそのどれもが最低等級のコモン級だ。


時折見たことのない珍しい武器に代わるが、それでもアド等級らしい。

ロゼリアさま達が狙っているのは、その上のエクセラ級だとか。


覚醒したテスタロッサはメイドさんの手により回収されていく。

私が起動することで、そのテスタロッサの価値が落ちているので、胃が痛い。


「これもダメですね」

「うん、次」

「え、えっと……私は適性が低いんだし、テスタロッサでさえあればそれだけで……」


先ほどからかなりの数を覚醒させているが、そのいずれもが成功していない。

流石におそれ多くなってきたので、遠慮したいところなのだが。


「ダメだよお姉様。……せめてエクセラを引き当てないと」


エヴァがそれを否定してくる。

途中で言葉が詰まったが、何かあったのだろうか?


「ウリアさん、よく聞いてください。テスタロッサは私たちの相棒です。命を預けると言っても過言ではありません。そしてそれはウリアさんだけでなく、ウリアさんの大切な人も入ります。ウリアさんは適当に決めて、それでエヴァさんが死んでしまっても、それでも悔やみませんか?」

「エヴァが……」


今まで考えもしなかったことを言われて、体が震える。

エヴァが、居なくなる……そんなの。


「ごめんなさい」


ロゼリアさまは優しく手を握ってくれる。


「でもそのくらい大事なことなんです。私もエヴァさんも、ウリアさんに傷ついて欲しくない。ウリアさんがエヴァさんにそう思ってくれているように。分かってくれましたか?」

「は、はい。私、頑張ります!」


勘違いしていた。それを言い聞かされ、私は深く頷いた。

エヴァを……それにおこがましいかもしれないけれどロゼリアさまを傷つけさせないために、頑張らないと!


「……てい!」


いつの間にか移動していたエヴァはロゼリアさまの手を軽くたたき、私にテスタロッサを手渡した。


「それじゃあ、順番にやっていこう!さあ、お姉様!」

「う、うん……」


妹の笑顔がなぜだか怖くて、私はテスタロッサ覚醒に集中した。

結局この日、ロゼリアさまとエヴァの納得のいくテスタロッサは見つからなかった。

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