第6話 魔王と呼ばれる者たち【エヴァSide】

「疲れちゃった。一人にしてほしいの。ちょっと色々と考えたいから。ごめんね」


パーティ会場での心無いやり取り。

その全てに、完璧に対応していたはずだった。

けれど、私は間違えた。これっぽっちもお姉様を護れていなかったんだ。


最後にそう言い残して、急に駆けだすお姉様。

私に向けてくれた笑顔は、もはや笑顔とは言えないほど泣きそうで、私を見ていなくて。

まさかの展開に慌てて追いかけようとするものの、そんな私の手を誰かが掴んだ。


「エヴァ様!ウリア様から離れるべきです!彼女もそう思って、エヴァ様から距離を取ったのです」

「違う。あなたたちがあんなことを言うから、お姉様は……」


なにが身分だ。なにが才能だ。そんなもの、放っておけばいい。

私がお姉様のそばに居たいから、居るだけだ。

お姉様から拒絶されない限り、それを誰にも責める権利はない。


「離して」

「エヴァ様!私たちはエヴァ様のためを思って――」


全く話を聞こうとしない令嬢に、私の中で何かが切れた。

なにが、私のためを思って、だ。


「黙れ」


掴んでいた令嬢の体がビクっと震える。

周りにいた令嬢令息も息をのんだ。

目の前の彼女をにらみつけたときに、私は気づいた。


「……あなた――」


頭痛が走り、言葉が出なくなる。

思い出した。この令嬢、よく見たら原作のエヴァの取り巻きだ。


エヴァと一緒にウリアを虐める、名もなきモブキャラ。

おそらくここで出会い、私たちは行動を共にするのがストーリーの流れなのだろう。


手を振り払い、私は会場を後にする。


(決められたシナリオが、私の邪魔をしないで。私はエヴァじゃない!)


いらだちを隠すこともせずに、私は駆けだした。









屋敷内を探し回り、ついにお姉様を見つけた。

お姉様は中庭の隅に座っていて、その横には見知らぬ女性が座り込んでいた。


駆け寄ってみれば、お姉様は私に自分の気持ちを告げてきた。

私と一緒に居るのは幸せだ。でもそれは、私の時間を奪っているのではないかと。

その言葉で、私は目が覚めた。


このとき、私は初めてお姉様に触れた気がした。

お姉様はこの世界ではゲームの登場キャラじゃない。

一人の……人間なんだ。


ゲームのウリアとは違う。

お姉様は笑うし、怒るし、悲しむし、悩む。

クリアだけを考えて、ゲームの駒のように考えていいわけがない。


原作のことを考えずに、ただの妹としてお姉様に触れる。


「お姉様が私と一緒に居るのが幸せなのは嬉しい。でもそれは私だって同じなの。他の人の言葉なんて気にしないで。私の言葉を聞いて欲しいよ」


私自身の気持ちをそのまま告げると、お姉様は思いなおしてくれた。

私と一緒に居ることを、強く願ってくれた。

本当の意味で、お姉様に近づけた気がした。


「良かったですね。ウリアさん。それでは、私はこれで。警備に戻ります」


お姉様の横に座っていたエルフの女性は立ち上がり、去ろうとする。

その姿に見覚えはない。


(……あれ?この人)


しかし、見たことがある気がする。

エルフでここまで綺麗な人がいるなら、主要キャラクターでもおかしくはない。

その姿が、どこかで見た何かと被る。けれどそれが何か分からない。


だとして、エヴァラスを5周もプレイしているのに見落としているキャラなどいるだろうか?

攻略本だって、攻略サイトにだって目を通したのに。


「お姉様……あの人は?」

「私のことを励ましてくれたの」

「ふーん……それなら私も挨拶しとけばよかったかな。なんていう人?」

「リフィル・フローディアさん。エルフの人で、今日は警備として参加していたらしいよ」

「…………」


お姉様の言葉に、私は返答ができなかった。


リフィル・フローディア。

私は彼女を知っている。


エヴァラスにおいて、ウリアは作中で1,2を争う不遇キャラだ。

なら、争っているのはだれか。


それが彼女、リフィル・フローディアである。

ウリアは適性がないために不遇な扱いを受けた。


一方でリフィルは逆で、適性が祖国ユグドラシルでは高いために不遇な扱いを受ける。


彼女の家族、そして配偶者はリフィルの才能など求めていなかったのである。

幼少より才能あふれたリフィルを待っていたのは、それに恐怖する両親と、羨む妹だった。

婚約者が求めたのは才能あふれるリフィルではなく、自分よりも下で夫を立ててくれる妻だった。


埒外の力を持つ化け物も、優秀すぎる姉も、自分よりも注目を集める婚約者も、彼らには必要のないものだった。


ウリアと同じくリフィルも優しい性格で、家族の愛に飢えていた。

だからこそ彼女は家族に、婚約者に認められるためにその身を、才能を捧げた。

どれだけ力を持っていようと、心は優しいただの女性。


そして彼らは、その尊厳を踏みにじる。

たとえどれだけ力を持っていようとも、どこまでも自分たちの思い通りにできる。

恐れは、羨みは、嫌悪は、「支配」へと変わった。

利用するだけ利用して、最後は当然、殺さねばならない。


リフィルは強い。だがそれはエルフの国、ユグドラシルの中での話だ。

そんなリフィルに依頼された内容は、強敵の討伐である。

軍を率い、討伐せよとの依頼は、残念ながら長老のものではなく、婚約者が偽装したものだった。


リフィルは強敵に敗北。軍の兵士も彼女を残して全滅した。

そしてその強敵が報復に来ると考えた国内ではリフィルに対する不評が高まった。


国内の不満を解消する方法はただ一つ。

「勝手に行動した」リフィルの首を強敵に差し出すことだった。


リフィルは捕らえられ、処刑される寸前、両親と妹の手によって真相を聞かされる。

愛されたいと願った気持ちを踏みにじられ、愛されたい者たちに否定され、あざけられ。

自分自身を全て否定されたリフィルの気持ちを、推し量ることなどできはしないだろう


全てに絶望した彼女はついに精神を壊す。

牢を抜け出し、ユグドラシル国と敵対することになる。


と、ストーリーだけを聞くとエルフがどれだけクズかが分かる。

しかし、リフィルの問題点はそこではない。


彼女は魔王の一人なのである。


エヴァラスには人間を越えたものとして、7人の魔王が登場する。


【原始】、【緋色】、【天】、【深淵】、【幻影】、【世界】


一人一人が普通では到達しえない強さを持つ。

そして最後の7人目の魔王。それが


【傾国】リフィル・フローディア


なのである。

自分の家族に、国に裏切られたリフィルは絶望し、怒りの力で我を失い、各国から魔王の指定を受ける。


彼女は3か国を相手に大立ち回りをし、それぞれの国に多大なる損害を与えるものの、殺害される。

エヴァラスの原作が始まる3年前の話である。


それではなぜ原作では故人となっているリフィルに既視感があるのか。

それは簡単で、原作では彼女と戦うからである。

正確には彼女ではなく、彼女の憎しみや恨みが集まった残滓ざんしと戦うことになる。


その姿は、真っ黒なもやのようなもので、今の生きているリフィルを黒く塗りつぶしたようなものだ。


学園編にて戦うものの、その強さは教師たちを軽く超え、ゲームオーバーするプレイヤーも多発した。


そんなトラウマメイカーが彼女、【傾国】なのである。

ちなみにリフィルは国から魔王の指定を受けたものの、ステータス的には他の魔王には及ばない。


全員と戦う必要はないが、リフィルよりも強い魔王があと6人も居る、それも大きな問題である。


「リフィル……フローディア……」


生前の彼女と会えるなんて思ってもみなかった。

本心で言うと、彼女が死なないのが一番良い。

でも、ただの8歳のエヴァではどうしようもない。


リフィルが死ぬことも伝えられないのだ。

彼女が死ぬ要因をなんとかすることも、絶対に無理だ。


「……お姉様、中に戻ろう」

「……うん、そうだね」


リフィルの後姿を見ながら、私は彼女に心の中で謝る。

ごめんなさい。あなたを救うことは……私にはできない……ごめんなさい。


『ありがとう……名も知らない人……彼女を……リフィルを止めてくれて』


ゲームでリフィルの残滓ざんしを倒したときに聞こえる声が、頭の中で思い返された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る