第3話 この世界がゲームだと私は知っている【エヴァSide】
(最悪だ。よりにもよってこのゲーム……)
本番リリース前の残業続き。
終電で帰ってきた私はベッドに倒れこんで、そのまま眠りについた、はずだった。
次に目覚めたときには赤ん坊になっていて、わけが分からなくて慌てた。
泣いていると赤毛の女性が近づいてくる。
「エヴァ!?どうしたの?……お腹がすいたのかしら……」
エヴァ。そう彼女は言った。
よく見てみると、赤い髪に茶色い瞳のその姿に見覚えがあった。
隣のベッドから興味深そうにこちらを見ている赤毛の少年にも気づき、私は絶望した。
(エヴァラスかぁ……)
乙女ゲーム、Everlasting。通称エヴァラス。
乙女ゲームを大きく前面に出しながらも、実はRPGとの混合作品だったこの作品は、クソゲーとして知られる。
そもそも、乙女ゲームとRPGを混ぜて上手くいくわけがないのだ。
フラグ管理はめちゃくちゃ、RPGパートの敵のバランス調整も壊滅的、裏ボスに関してはチートを使用しないと勝つことができないくらいだ。
運営が間違いなくテストプレイをしていないにもかかわらず、一部のコアなファンが存在するクソゲー。それがエヴァラス。
かくいう私もそのクソゲーファンの一人である。
自分の小さな手や母親を見る限り、そのゲームの登場キャラであるエヴァに転生してしまったようだ。
それでは、私の転生したエヴァ・アルトリウスとはどんなキャラか。
『お姉様にはふさわしくないわ。全部、私がもらってあげる』
そんなキャッチコピーがつけられた彼女は乙女ゲームパートにおけるお邪魔虫。
つまりライバルキャラである。
主人公であるウリア・アルトリウスの義理の妹で、ウリアを徹底的にいじめるクズ女だ。
ウリアのものを全て奪い、やがては使用人以下の扱いをする。
本編では、学園での攻略対象との恋を何度も何度も邪魔をする。
そんな彼女の最期は、RPGパートで、敵キャラに無惨にも殺されるのである。
それも主人公ウリアのあずかり知らぬところで、である。
プレイヤーに対してイライラをこれでもかと引き起こしたにもかかわらず、たった一文だけの説明に、私も含め全プレイヤーが唖然とした。
よくよく考えてみると、ざまぁみろなのだが。
けれど、自分がエヴァに転生するなら話は変わってくる。
私が原作のエヴァ通りの行動をすれば、必ず悲惨な死を迎えるということだ。
(そんなの、冗談じゃない!)
エヴァラスはクソゲーと言われているが、私は好きだった。
5周はプレイしたし、それだけ長くやっていれば主人公のウリアに対して愛着も沸く。
原作は救いがなく、多くの登場キャラクターは死亡するし、ウリアが死亡するルートがほとんどだ。
毎回ウリアを助けられなくて悔しい思いもした。
だからこそ、私がエヴァとして原作を変え、ウリアも助けたい。そう強く思った。
そんな気持ちがより強くなったのは3歳の適性検査のときである。
エヴァを始めとするライバルキャラは、ゲームにおいて適性がとても高く設定されている。
反対にウリアの適性はとても低く、成長で苦労した記憶も強い。
街の中にある適性検査の会場。
検査結果を見た父は、今まで聞いたこともないような歓喜の声を上げた。
「素晴らしい!エヴァ!お前の適性は同学年でもトップクラスだ!」
ライバルキャラの適性は原作では見ることはできないが、この世界では見ることができる。
エヴァの適性は、学園を卒業したときのウリアよりも高いものだった。
ウリアの検査は少し前に先に終わっているはずだ。
だからこそ、私の適性が高かったことは父にとっては嬉しい誤算だろう。
この世界における適性は、その人の強さを示す指標の1つとなっている。
適性は全部で11種類。
地水火風光闇と無属性の魔法7属性。
そして武器の扱いのうまさを決める武である。
加えて知力、技術力、速度で11種類となる。
それぞれの適性はFからSSSまで段階分けされ、SSSはゲーム内でも数えるほどとなる。
Fに関しても低すぎるという意味で数えるほどしかいない。
貴族は適性が高いのが特徴だ。
適性は訓練で大きな成長はしない。
ただし例外が一人だけいて、それが主人公であるウリアだ。
ウリアは全適性がF。
Fの適性を持っているキャラは他にもいるが、1つあるくらいだ。
全適性がFなのはウリアだけである。
ただし、ウリアは特殊な事情により、学園在籍時と卒業後で、適性を一気に上げることができる。
この恐ろしく低い適性を上げるのがゲームの目的の一つだ。
さて、それではエヴァの適性はどうだろうか。
私は父から差し出された紙に目を通す。
そこには、良い意味で統制のとれていないアルファベットが並んでいた。
『同一世代でもトップクラスのステータス』
ゲームでそう書かれていた通り、魔法の適性はほとんどがD。
そして火や地、武はCとなっている。
Dは学園に入学する生徒の平均値。Cは卒業生レベルだ。
もしもウリアがこの適性でゲームスタートなら、あんなに育成で苦労はしなかっただろう。
まあ原作では、エヴァはその高い才能を存分に発揮し、ウリアを魔法の標的にしていた。
ウリアに負わせた火傷を放置し、消えない傷にしたのもエヴァだ。
才能があっても精神的にはクズ中のクズといえる。
「エヴァには魔法と剣の家庭教師をつけてやろう。将来、この国を代表する一人となるぞ」
目の前で大喜びするクズ親父、ウリアの父親ガゼル・アルトリウスに微笑を返しながら、内心では黒い感情を燃やす。
こんな風にエヴァを愛している一方で、ウリアを蔑ろにしていることを私は知っている。
クズ親父にウリアのことを言ってやりたかったが、このときエヴァはウリアのことを知らない。
そのため前世での知識に当たるとみなされ、謎の頭痛で伝えることができない。
流石エヴァラス。転生特典はくれないくせに縛りはくれる。本当にクソゲーだ。
そして3年後、クズ親父は私たち家族を伯爵家へと迎え入れる。
馬車に揺られながら、微笑んでいるクズ親父も、幸せに胸を膨らませている母も、わくわくと輝いた顔をしている兄も、嫌いだ。
私は家族に作った笑みで対応しつつ、時折外を見つめる。
今すぐ、周りを気にせずに溜息をつきたい気分だった。
(結局なにもできなかった。ウリアを救うことも、彼女の母親を死なせないことも)
なんとかウリアの母親を生かす方法はないかと考えた。
ウリアの母親が生きていると私がウリアに会うことはなくなるかもしれない。
けれど、ウリアの支えがなくなるよりはずっといい。
けれどただのエヴァである私には何もできなかった。
ウリアの母親の死の原因は、今も目の前で微笑んでいるこのクズ親父にあるのだから。
そして、ウリア自身が苦しむ原因も、このクズ親父。
いや、それ以上に私、エヴァにある。
このあと、ウリアは更なる地獄に落とされる。
新しく家族になったエヴァは、ウリアの持っているものをすべて奪い、彼女をメイド以下として扱う。
ウリアはろくに服も与えられず、食事も食べられず、メイドの真似事をさせられてしまう。
ウリアは学園に入学が許されるまでの7年間、地獄のような生活を送るのである。
ゲーム開始時にウリアのステータスがF固定なのはここに理由がある。
彼女は教師も与えられず、本一冊も買い与えられず、義妹に魔法の標的にされる。
伯爵令嬢とは思えぬ扱いをされ、原作でも1,2を争う不遇な娘となるのだ。
正直この過去を回想するウリアには目も当てられない。
私は目の奥がジンと熱くなり、行けるならば今すぐゲームの世界に行ってその時のウリアを抱きしめてあげたいとさえ思った。
(でも、そんなことはさせない。私が原作を変えてみせる)
私が生き残るために。ウリアがハッピーエンドを迎えるために。
そんな私の強い決意はウリアにあった瞬間にどこかへいった。
雑に揃えられた銀の髪。そこから覗く蒼い瞳。
そして、不安そうに私たちを見つめる、小さな小さなウリア。
ウリアの容姿はゲームで何度も見た。
主人公なのだ。どのキャラよりも目にする機会は多い。
その容姿も服装も、雰囲気も、全てを思い出せる。
けれど、記憶と現実は違う。
それを今、目の前で分からされた。
目の奥が、ジンと熱を帯びる。
ゲームのウリアとお姉様が重なる。そして、残ったのはお姉様の姿だった。
――助けたい。私が、全てをかけて。
次の瞬間、私はお姉様に抱き着いていた。
「お姉様!私、お姉様が欲しかったの!よろしくね!私はエヴァ!エヴァだよ!」
出会って数秒で、私はウリアの可愛さにやられたのである。
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