第2話 異世界を、義妹と一緒に
お父さまが新しい家族を連れてきて2年が経った。
妹であるエヴァを見たときはゲームの世界かと思ったが、どうやらそうではないようで。
そもそもあの広告のキャラクターの名前が本当にエヴァだったかどうかも怪しい。
広告1枚見ただけだし、ひょっとしたらエナとかだったかもしれない。
「お姉様!よく見ててね。火の魔法はこうやって使うの!」
椅子に座ったエヴァは火の魔法をゆっくりと発動してくれる。
彼女の手のひらに青と赤、そして黄の小さな炎が灯る。
小さいながらもその日は風を起こし、エヴァの深紅の髪を遊び、同時に彼女の整った顔を明るく照らした。
魔力の流れや、どんなふうに魔法が発生しているのかが、とても分かりやすい。
「お姉様は光の魔法が得意だから、一緒にやってみよう!」
私の手を優しく握り、エヴァは私に魔法の手ほどきをしてくれる。
私よりも一回り小さな、けれど温かな手。
それが私が魔法を習得できるように、小さく魔力も流してくれている。
あの日やってきた家族の中で、エヴァだけが私を見てくれた。
玄関でエヴァに抱きつかれてからというもの、私とエヴァはずっと一緒だった。
食事の時も、寝る時も、お風呂に入る時も一緒。一心同体と言っても過言ではない。
お父さまは一度エヴァを力づくで私から引き離そうとしたが、エヴァはそれを断固拒否した。
流石にエヴァに拒否されては強くは出れないのだろう。
『その子は無能なんだぞ!お前にまで悪影響を与えてしまう!』
『なんでお姉様にそんなひどいことが言えるの!お父様の馬鹿!』
あの時のお父さまの顔は今でも覚えている。
エヴァいわく、今までお父さまに逆らったことはないそうだ。
なので、流石に堪えたのだろう。
その後もお父さま、リリスお義母さま、グラムお義兄さまがエヴァと私を引き離そうとしたが、そのいずれもエヴァによって拒絶されている。
エヴァは私にさらに近づき、逆に他の家族には近づかなくなった。
エヴァとお父さま達の仲を心配するが、それ以上にエヴァがいなくなったら私は昔の無能な私に戻ってしまう。
そう考えれば考えるほど、私は彼女と離れることを恐れた。
エヴァは天才だった。エヴァ自身も優秀だが、教えるのがとてもうまい。
私が知らないことを、エヴァは分かりやすく教えてくれる。
そのおかげで私はついに魔法が使えるようになった。
「わっ!すごいよエヴァ!この前よりも光ってる!」
「さすがお姉様!こんなにすぐできるなんてビックリだよ!」
「あはは……エヴァの教え方がうまいからだよ」
私の手のひらに灯るのは、小さな小さな白い明り。
本当に小さな、白い光を発する球体。
けれど、それは紛れもなく魔法だった。私が今まで使うことができなかった、魔法。
エヴァは私が頑張ると褒めてくれる。
分からないときは、いろいろな方法で分かるまで熱心に教えてくれる。
そこにエヴァの深い愛情が見えて、私も頑張ろうと思えるようになった。
最初はエヴァが私の転生特典なのでは?と思ったが、それはエヴァに失礼だろう。
でも、エヴァのことを大切にしていこうと、そう強く思った。
「そういえばお姉様。こんど貴族のパーティがあるの。お姉様も一緒に行こう?」
「え?で、でも私なんかが行っていいのかな……」
不意に投げかけられた言葉。
その意味を理解して、誘ってくれたことを嬉しいと思いつつも目線を少し下げてしまう。
そんなパーティに行っていいのかと不安になる。
エヴァは国内でも適性がトップクラスに高い。
一方で、私は平民にも劣る。
招待状を出した人も、エヴァだけに出しているはずだ。
私なんて、お呼びじゃないはず。
しかしエヴァは微笑みながら私の右手を両手で包んだ。
「一緒に行こうよ。私お姉様が行かないなら行かないし」
「え?それはダメだよ。せっかく招待してもらったのに……」
「そうだよね。だから一緒に行こう?」
エヴァと一緒なら、大丈夫かもしれない。
けれど同時に、私の胸には言いようもない不安が渦巻いていた。
それでも、「一緒に行こう」という言葉には抗いがたい。
結局、妹のズルい言葉に負け、私は貴族のパーティに参加することになったのだった。
数日後、私は皇国が用意したパーティ会場に来ていた。
眼前に広がるのは、大きな会場。一階建てでありながら広く、豪華な装飾が目に入る。
周りを見渡せば警備の人も居て、本当にやってきてしまったと突き付けられた。
エディンバラ皇国は8歳の子供を対象に、懇親パーティを行う。
とはいえ参加費はかかるし、エディンバラ皇国民限定のパーティとなっている。
実態は国内の貴族の交流を深める会ということだ。
「招待状を拝見いたします……アルトリウス伯爵さまですね。参加者はエヴァさまと……ウリア様ですね」
パーティの受付の人はお父さまから差し出された招待状を確認し、エヴァと私を見た。
招待状はその家に向けて出しているので、保護者と子供が揃っていれば問題はない。
ただ私の適性が最低なのは国中に広まっていて、それゆえに受付の人は言葉に詰まったのだろう。
お父さまも最初は私を連れていくことを渋っていた。
しかし、エヴァの強力なおねだりと、お姉様が行かないなら私も行かない、攻撃で撃沈した。
私は確かに適性が最低だが、エヴァはその逆で同年代でも突出した適性を持つ。
私を連れていくデメリットよりも、エヴァを連れていくメリットの方を取ったのだろう。
「エヴァ、はぐれるな」
お父様についていく。彼はエヴァの心配ばかりで、目は合わせてくれない。言葉もかけてくれない。
そのことを不満に思うほど精神的に子供ではないけれど。
それでも、胸を突き刺す痛みは自覚した。
保護者と子供はまず、大きなホールに通される。
そこで皇帝から挨拶があった後、子供は子供のみの会場へと通されるようだ。
会場にはすでに多くの人が居て、私たちは一瞬で注目の的になった。
適性がとても高いエヴァを注意深く観察する人と、適性がもっとも低い私をさげすむ人。
奇異の目が私に突き刺さる。中には悪意の籠った視線も感じた。
私は思わず、エヴァのドレスの袖を握ってしまった。
すると指をエヴァの手が優しく包んでくれた。
「私のそばを離れないで。お姉様は私が守るから」
エヴァと視線が絡み合う。
はっきりと私の目を見てくれる、ただひとりの人。
その言葉が暖かくて、私は心が少しだけ軽くなった。
お父さまは伯爵なので、色々な人が挨拶に来る。
仕事の軽い話からエヴァの話など、種類はさまざまだ。でも私の話はされない。
触れてはいけないタブーなのか、それとも単に興味が無いのか。
おそらく両方だろう。
「皇帝陛下のご挨拶です!」
不意に、大きな声が響いた。
ざわざわしていた話し声がピタリと止む。
会場の奥に設置された舞台の前には、多くの人が集まっていた。
声を発したのは、司会進行の男の人のようだ。
その後ろを、一人の男性が横切る。
輝く金髪をした、威圧感のある男性で、頭の上には王冠が光っている。
白い軍服の装飾と腰に備えた装飾のついた剣。
それが小さくとも厳かな音を立てながら、男性は舞台の中央正面に立つ。
金の瞳が、会場に居る人間すべてを捉えたように見えた。
あの人が、このエディンバラ皇国の皇帝、ガイウス・フォン・エディンバラ様。
紛れもなく、この国で一番偉い人だ。
彼は会場の様子をしっかりと確認すると、深く頷いた。
「みなよく集まってくれた。今年の懇親パーティでも多くの皇国の未来を担う者を見れて嬉しい。今日この場に多くの者が集まることこそが、皇国繁栄の証だ。そして私からも今年は未来を担う人材を紹介しよう。まずは私の息子、アーク・フォン・エディンバラだ」
ガイウス王の言葉で一人の少年が部隊の奥から前に進み出る。
王と同じ輝く金髪を綺麗に切りそろえた、緊張した様子の少年だ。
挙動が緩やかで、体が少し震えている。
こんな大舞台では仕方のないことだろう。
アークと呼ばれた少年は深く一礼する。
それだけで、彼はゆっくりと緊張した面持ちのまま奥へと下がっていった。
挨拶をしないのは、この後の子供たちのパーティで交流を深めるためらしい。
アーク少年の行動を見届けたガイウス王は拍手を送り、先ほどよりも少しだけ大きな声で告げる。
「そして次に……こちらはみな知っているだろう。ロゼリア・フォン・エディンバラだ。ローズと皆は呼ぶように」
アークの後ろから出てきた少女の姿に、会場の全員の視線がくぎ付けになった。
輝く銀髪に、そこから覗く金の瞳。
幼いのにもかかわらず、綺麗と表現できるほど整った顔立ち。
頭には銀のティアラをつけたローズ姫が優雅にほほ笑む。
その微笑みに、子供も大人も関係なく全員が魅了された。
仕草がとか、雰囲気がとかではない。
存在そのものから、もう次元が違う。
ローズ姫はこの国で一番有名な人だ。
この国の皇女でありながら、エヴァをも上回る適性を持つ。
その適性はすでに大人すら軽くこえているそうだ。
羨ましいと思うと同時に、世の中にはすごい人がいるんだなぁ、と感心してしまった。
ローズ姫は完璧な微笑みを崩さぬまま、同じく完璧な一礼を行う。
その動作すら完璧で、もう完璧としか言いようがなかった。
「さて、子供たちは子供たちで、私たちは私たちで楽しむとしよう。皆のもの、向こうの会場に行くがいい」
そう言ってガイウス王は隣の大きな扉を指さした。
その奥には、「子供たちだけ」の会場がある。
あの中には大人は居ない。私にはエヴァが居る。けれども。
(あの会場で、子供たちだけで交流……帰りたい……)
一方で子供たちには大人が居ない。
良識があり、言動を止めてくれる大人が。それはすなわち、無垢という名の暴力が待っているかもしれないということ。
右手で繋がれたエヴァの手を握る。
分かっていたことだが、早くも私はこの会場から逃げ出したかった。
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