もしもゲームのライバルキャラが全員転生者だったら
紗沙
幼少期編
第1話 特典なしの異世界転生
気が付いたら赤ちゃんで、ファンタジー世界に転生していた。
「あら、目が覚めたの?ウリア」
手を伸ばしても、決して届かない天井。
その事実に戸惑っていると視界いっぱいに入ってくる、まるで人形のような整った顔。
暗めの長い銀髪と蒼い瞳はどう見ても日本人でない。
少なくとも、前世での母は黒目黒髪の純日本人だった。
最初は、それはもう混乱した。
なぜ自分が別の世界に居るのか。
これは漫画やアニメなどで見た異世界転生ではないのか。
けれど、言葉を発することのできない自分では真相を知ることはできない。
そんな自分がようやく言葉を話し、誰かと意思疎通ができるようになったのはその数年後。
真っ先に行ったことは、情報収集だ。
ここが一体どんな世界なのか、それを理解するためにお母さまやメイド達とお話をした。
まず、この世界は地球ではなく、ミストフィアと呼ばれていること。
このミストフィアには剣も魔法もあり、凶悪な魔物だっているということ。
「あなたはウーレリア・アルトリウス。愛称はウリアよ」
アルトリウス家はエディンバラ皇国における伯爵家だそうだ。
伯爵と言えば爵位の中でも上から3番目。かなり高い。
もし神様がいるのなら、貴族という身分での転生は配慮してくれたのだろう。
だが、身分はともかく、家族としては微妙なところだった。
今年で3歳になるが、なんとお父さまに会ったことが数えるほどしかない。
お母さまとお父さまは政略結婚で、その間に愛情はないみたいだった。
正確には、お母さまは愛しているけど、お父さまは愛していないような、そんな感じ。
「いよいよ明日は適性検査の日ね。お父さまの娘だもの。ウリアもきっと良い結果になるわ」
エディンバラ皇国の子供は3歳になると適性検査を受ける。
どの魔法に適性があるか、剣術は才能があるか、ということが分かるらしい。
「よい……適正が出れば、お父さまも喜んでくれますか?」
危ない危ない、思わずステータスと言いそうになった。
この世界のルールとして、前世の知識はNGらしい。
言葉でも文字でも、どんな方法でも、前世の知識を伝えようとすると酷い頭痛が起こる。
このミストフィアは前世のゲームやアニメ、漫画にはない世界なので、そこまで苦労はない。
けれども、ステータスやスキルといった横文字が使えないのはちょっと不便だ。
「そうね……あの人も、あなたのことを愛しているのよ。それは忘れないで」
お母さまは寂しげに微笑んで私の頭をなでる。
でも大丈夫。転生作品の主人公は特典を持っているはず。
強い魔法であったり、卓越した剣技であったり。
きっと私にもそれがあるはず。その力で大活躍して、お母さまにも喜んでもらおう。
「ウーレリア・アルトリウス様の適性は、以下の通りになります」
適性診断員の人が紙をお父様に渡す。
この日ばかりは一緒に来てくれたお父さまは、紙を見るなり顔をしかめ、それをお母様へと突き出した。
それを見た瞬間、お母様は目を大きく見開き、そして泣き崩れた。
地面にはらりと垂れる銀の髪。その光景が、なぜか強く視界に、心に残った。
瞳から溢れた涙が、お母さまの膝の横の床の色を濃くしている。
「ウリア。お前の適性はすべて最低のFだ。平民にすら劣る」
……え?
頭へと浴びせられる言葉。その意味をすぐには理解できなかった。
けれどそれはまるで冷や水のようで、私を責めているのは明白だった。
突き出された紙をゆっくりと見上げる。
そこにはFという文字が並んでいた。
Fは適性としては最低ランクだ。
平民ですら、Eが普通。Fなんて1つあるだけでもその世代で最低の適性保持者となってしまう。
そんなFが、私の用紙には全て記載されている。
貴族は平民よりも代々ランクが優れているから貴族なのだ。
なのにこのランクでは、魔法や剣で活躍するどころか、魔法の発動すらできない。
どうして?転生特典は?
「大丈夫……大丈夫よ……一緒に頑張りましょう」
ショックを受ける私をお母さまは私を抱きしめてくれた。
温かい熱が私を包み込む。
そうだ。これからだ。
きっと私はこれから、すごい力を発揮する。
お母さまも、それを望んでくれている。
そう自分を騙して、最愛の母を抱きしめ返そうとしたとき。
「お前と結婚したことが、間違いだった」
お母さまの体が強張った。
抱擁が、締めつけに変わった。背中が、痛む。
でもそれ以上に、心が悲鳴を上げていた。
お父さまは、私を冷たい目で見ていた。
私だけでなく、お母さまのことも。
責めているのではない。呆れているのではない。
もう、何も期待していないような、そんな目だった。
「好きの反対は、無関心」
そんな前世での言葉が、頭をよぎった。
その日を境にして、お父さまは屋敷に帰ってこなくなった。
前世の私からしたら、血の繋がりはない。
けれども、こんな親子関係になったことは前世ではなかった。
私はお父さまに愛されたかった。
そしてお母さまもお父さまに愛されて欲しかった。
それが前世でも経験した、普通の家族だと思っていたからだ。
お母さまはその日から、力なく笑うようになった。
元気もなく、食べる量も減り、体調を崩すようにもなった。
その間、私は必死に勉強した。
低い適性なんて転生特典によくある、最初はダメなやつだ。
私には、何か強い力があるはずだ。
それがあれば、お父さまも帰ってくる。お母さまも元気になる。
でも、私はどれだけ頑張っても魔法の一つ使えやしなかった。
魔法は仕事や勉強とは違う。やればできることじゃない。どれだけ頑張っても、魔法はできない。
それが悔しくて、もどかしくて、もっともっと努力した。
それでも、結果は変わらない。
「ウリア……あなたを……愛しているわ」
そして私が5歳の冬、お母さまはついにこの世を去った。
はやり病に抵抗できるだけの体力がなかった、そうメイドさんは言っていた。
母の冷たくなった体が、もうお母さまが戻ってこないことを告げてくる。
もうお母さまは私に笑いかけてくれない。
私が……私がいけなかったんだ。
私に普通の貴族と同じ才能があれば、私がもっと頑張っていれば、私が転生特典なんて期待していなければ。
私が……私のせいでお母さまは死んだんだ。
お母さまが死んで1年たっても、無能な私は魔法一つ使えなかった。
やがて屋敷からも、どんどん人が減っていく。
私の世話をしてくれていたメイドさんも居なくなってしまった。
「ウリア様、旦那様がお見えです」
不愛想なメイドさんが私の部屋を訪れる。
隠れて私のことを馬鹿にしている嫌な人。
でも、私は無能だから文句は言えない。
そんなことより、お父さまが帰ってきたそうだ。
正直、最後に会ったときのお父さまの冷たい目が忘れられないので、会いたくはない。
けれど、会いに行かなくては。
なんの意味もないのに毎日かじりついていた机の椅子から降りる。
唯一の居場所であった自室の床は、ひんやりと冷たく感じた。
自室を出て、玄関へと向かう。
けれどその足取りは重い。
玄関へと近づけば近づくほど、嫌な予感が増し、足取りはさらに重くなる。
足に重りでもつけているような、そんな感覚。
けれど、時間が経てばいつかは目的地へたどり着く。
それが例え望まぬものであっても。
玄関では、たくさんのメイドさんや執事さんが慌ただしく働いていた。
そしてその中心には、お父さまが。
お父さまは私に気づくと、あの冷たい目を向けてきた。
彼自身は意識していないのかもしれない。ただ私に興味が無いだけなのだから。
「来たか。お前に紹介しなければならない者たちがいる。無能なお前にアルトリウス家を継がせるわけにはいかない。そこで私は後継者として、優秀な者たちを家族に迎え入れる」
無能という言葉が心に突き刺さる。
後継者ではないことや、アルトリウス家を継げないこと。
そんなことよりも、そのたった二文字が私の心を突き刺した。
もう傷がついていない心の場所なんて、ありはしないのに。
しかしお父さまは無能である私の事など気にしていないようで、1人の女性を呼んた。
目の前に現れたのは、赤い長髪に茶色い瞳をした綺麗な人。
容姿と仕草の節々に気品を兼ね備えた、貴族の婦人。
しかし、その目には私に対するとまどいが見てとれる。
「お前の義理の母親になる、リリス・アルトリウスだ。言うことを聞くように。決して逆らうな」
目の前が真っ赤になった。
お父さまはお母さまが苦しんでいる間に、別の女の人と……。
この人を母などと呼びたくはない。
認めたくなくて、視線を右へとずらす。
「次に後継者であるグラム・アルトリウスだ。お前の義理の兄にあたる。決して邪魔だけはするな」
次に紹介されたのは赤い髪を短く切りそろえた美少年。
彼もまた、私を見下すような視線をしているし、態度も大きい。
近い未来の光景が思い浮かぶ。
新しい家族に、虐められる、そんな最悪な未来が。
元々この家の後継者だった人間に、新たな後継者がどんな仕打ちをするか。
そんなの、前世の漫画やアニメで嫌というほど見てきた。
それらの娯楽では、救ってくれる何かがったけれど。
けれども、もうこの家に私の味方はいない。私の救いはない。
「最後にお前の妹になるエヴァ・アルトリウスだ。この子は同年代の中でも突出した才能を持っている。同じく邪魔をしないように」
エヴァ……アルトリウス?
義理の妹を見た私の頭を1枚の看板が横切った。
紅蓮のような赤い髪に、キリっとした勝気な瞳。
『お姉様にはふさわしくないわ。全部、私がもらってあげる』
そのキーワードで登場する、ゲームのライバルキャラ。
動画の広告でも見たことがある。なら、この世界はそのゲームの――
「お姉様!私、お姉様が欲しかったの!よろしくね!私はエヴァ!エヴァだよ!」
突然の衝撃で思考が中断された。
私の胸の中には、広告で見たキャラとは似ても似つかない、目をキラキラ輝かせた可愛い少女が収まっていた。
強く、強く体を抱きしめられる。
まだ成長期なのにもかかわらず、女性特有の柔らかさが私の正面にある。
温かな熱が、お母さまと同じ熱が私を包み込んでくれる。
抱き着いた衝撃でなびいた紅の髪が、光を反射する。
真っ赤なのにもかかわらず、彼女の肩くらいまである髪は輝いて見えた。
見上げた目は宝石のように輝いていて、愛らしい印象を頭に叩き込んでくる。
こんな可愛い子、今世や前世でも見たことはない。
そして私を見つめる目には義母や義兄にある見下した感じや、侮辱の感情はない。
お母さまが持っていたのと同じ、深い深い愛情の気持ちが、強く伝わってきた。
私はこの日、義理の妹ができた。
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