第11話 とある女性の話 二
「あなたが、利樹さんですわね」
「あ、ああ」
利樹と女子生徒が対面したのは、彼女が女子生徒を正式に友達と認めてから、少ししてからのことだった。
それは土曜日の昼下がり。場所は巷で人気の喫茶店。粗方の事情は聞いていた利樹ではあったが、心なしか落ち着かない様子だった。
「聞いていたよりも、普通の方ですわね」
「ふふ、そうですか?」
仲良さげに話す彼女と女子生徒。
利樹は女子生徒について、何かにつけて勝負を挑んでくるような人物で、どれだけ負けても諦めないしぶとい人物だと聞いていた。
中々骨のある奴だと、興味津々でここまで来たのだが、実際には緊張で上手く話せない。
「……利樹」
「うおっ!」
挙動不審な利樹に、彼女はジトッとした半目を向ける。
「まさか、私の友人を変な目で見ていたのではないですよね?」
「は、はぁ? そ、そんな目で見てねぇよ!」
「本当ですか?」
利樹は彼女の追及するような視線から、逃げるように目をそらす。
正直な所、利樹は女子生徒に見惚れていた。
だがそれは、一目惚れをした、という類いの感傷ではない。
容姿については特に聞いていなかったが、思った以上に可憐な容姿をしている女子生徒に、利樹は目を奪われていた。
普段から彼女のことを見ている利樹は、女性の容姿への耐性が強い。
例えば、芸能人やモデルであっても、彼女以上に可愛らしい人物はそうそういないだろう。そのため、女性に見惚れるなんて経験はほとんどなかった。
しかし、その女子生徒は、彼女程とはいかないまでも、誰もが羨むだろう美貌を有していた。
利樹が女子生徒に見惚れていたのは、今まで彼女と同等に綺麗な女性を見たことがなかったため、その凄さを常人よりもさらに深く理解していたからなのだろう。
だが、そんな心の内は、流石に口に出さなければわからない訳で。かといって、それを口に出すのは相当に恥ずかしいことだ。
「ただ、お前みたい、……だなって」
「え? 私みたい? あー。なるほど」
最後まで言えない利樹に、彼女は一瞬だけ眉を寄せるが、すぐに言いたいことを理解したようで、嬉しそうな笑みに変わる。
その笑みを見て、利樹も彼女が自分の気持ちを読んだのだと気付いた。
「おい、違うからな」
「ふふ、ええ、全部わかってますよ」
「いや、わかってねぇな」
そんなやり取りを横から見ていて、女子生徒は呆れたように溜息を漏らした。
「はぁ。まったく。何を惚気ているのです」
「の、惚気てねぇ!」
「そこは認めないのですわね。まったく、往生際の悪い」
普段は見ることのない油断しきった彼女の表情は、貴重なものであるのはもちろん、この人物が彼女にとって掛け替えのない人なのだと思い知らされる。
自分では決して見ることのできない彼女の表情に、女子生徒は少しの嫉妬と、それを認めようとしない利樹に僅かな怒りを覚えていた。
「そんなんじゃ、いつか捨てられますわよ」
「は、はぁ?」
「何言ってるのですか? 私が利樹を捨てるなんてあり得ませんよ」
「いいえ。甘やかすばかりが愛ではありませんわ。時には突き放してこその信頼です」
「なるほど。確かに一理ありますね」
「お、おい! 妙なこと吹き込むな!」
会って間もない3人だったが、何処か意気投合する所があったのか、すぐに仲良くなり、この日以降も3人はよく遊ぶようになる。
まるで幼い頃からの知り合いのように。
人見知りが激しく、他人と壁を作ってきた彼女の問題は、近くにいる利樹だからこそ解決ができない問題だった。
高校に進学してからしばらくの間、彼女からよく学校の話を聞いてはいたが、変化の兆しは見られなかった。
自分の力で変わるということが難しいと理解はしつつも、歯がゆい気持ちを持っていた利樹にとって、女子生徒の話は利樹にとっても吉報だった。
「また警察に怒られたんですの?」
「うるせぇよ」
「うるさいじゃありませんわ! いつもいつも、……を心配させて、少しは反省なさい!」
警察署から出てくる利樹の頭を叩きながら、女子生徒は鋭い剣幕で言う。
その怒りの表情は、端正な顔つきゆえに威圧感があり、利樹にも負けない迫力があった。
傍から見ればヤンキーと美少女2人というアンマッチな組み合わせだが、そのやり取りは息ぴったりで。
利樹に関しては何処までも甘い彼女に代わって、女子生徒が利樹を叱る。そんな場面が多くなった。
彼女も彼女で、自分が言いたいことがあってめ、どうしても途中で許してしまうことを自覚していたため、女子生徒のような存在は心強かったのだろう。
彼女は言い争いをしている2人を、いつも微笑ましげに眺めていた。
「いいですよ、もっと言ってやってください」
「お前なぁ」
まだまだ彼女の人見知りが直った訳ではない。
それでも、目に見えて変わっていく彼女に、利樹は恨めしげな視線を向けながらも、嬉しそうに微かに笑っているのだった。
◇◇◇◇◇◇
利樹に対して全く偏見を持たない女子生徒は、彼女にはとても貴重な存在だ。
しかし、その存在は、利樹との間を繋ぐだけではなく、いつしか、それ以上に彼女と学校を繋ぐ掛け替えのない架け橋へ変わっていく。
今まで彼女は、不可侵な存在として遠巻きに見られるだけの存在だった。近付くことも憚られる高尚な存在だと。
さらに、彼女自身が壁を作っていたせいもあって、話しかけてくる者など皆無に等しかった。
しかし、女子生徒と楽しそうに話す彼女は、今までの印象よりも遥かに柔らかく、優しそうな印象を見せていた。
そんな印象の変化は、元々、できるならば話しかけてみたい。と思っていた者たちにとっては追い風となる。
「あの、私も一緒にお昼、いいかな?」
「あら? 何を気にしていますの? 来たいなら来ればいいじゃありませんの」
勇気を絞って声をかけてきたクラスメイトに、彼女は少しだけ萎縮していたが、そんな彼女を構うことなく、女子生徒が引き入れてしまう。
乱暴にも思える態度だったが、勇気を絞って声をかけてきたクラスメイトにも、そして、彼女にも良い方向に進んだのは間違いない。
「あ、じ、じゃあ、わたしも」
少しずつ、彼女の周りに人が集まる。1人が2人になり、次の日には、3人、4人と。
気が付けば、彼女と一緒に食べるというのは、一種の特権のようになっていき、順番待ちができる程だった。
女子生徒によってひびを入れられた壁は、脆く柔らかい。少しずつだが、彼女は本当の意味で人と関わりを持つようになっていた。
利樹を蔑ろにする存在とは仲良くできない。彼女はずっとそう思って、他人との関係に壁を作ってきた。しかし、今になって思えば、それはやはり言い訳だ。
利樹に言われた通り、自分の人見知りを隠すための言い訳に過ぎなかった。
話してみれば、彼女の話を信じてくれる者はたくさんいる。もちろん、信じてくれない者もいたが、それはあくまで少数派だった。
ほとんどの人が彼女の話を信じ、話を聞いてくれた。相談に乗ってくれた。アドバイスをくれた。
壁を作っていた頃が嘘のように、彼女はクラスメイトたちと本音を話すことができた。
気持ちを理解してくれる人もいる。
意見をしてくれる人もいる。
ただ話を聞いてくれる人もいる。
頭ではわかっていても、そんな人間はいないと否定してきた。それが今、滑稽な思える程、彼女の中の価値観は変わっていた。
そうしていつの間にか、彼女は普通に学校に通うようになる。普通に授業に出て、普通にクラスメイトと話して、偶に部活に参加して。
普通の女子高生の生活を過ごしていた。彼女の才能を持って、普通の女子高生と呼べるのかは微妙だが。
しかし、その日々は利樹が、彼女が目指していた姿そのものだった。
しかし、そのきっかけをくれたのは、利樹ではない。彼女にとって、初めてできた大切な友達のお陰だ。
「……ありがとう」
「いきなり、どうしたんですの?」
「いえ、ただ感謝を伝えたくなっただけです」
むず痒く感じることもある。
今でもうるさいと思うことはある。
それでも、彼女にとって女子生徒は大切な存在だった。
これから先もずっと大切にしたい。
繋がりの1つとなっていた。
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