小さな最果て
秋海棠 白音
小さな最果て
中学三年生の私はいつも遠くからあなたを見ていた。
あなたは運動も勉強もでき、寡黙で真面目な人。
きっと憧れだったのだと思う。
私はいつも端にいた。
空気のような存在だ。
きっとあなたには認識されていないと思う。
9月末
私のクラスは行事毎に打ち上げと称して皆で晩御飯を食べに行っていた。
文化祭が無事に終了した今日も漏れなく打ち上げをすることとなった。
行き先は自転車で1時間ほどの距離にあるバイキングだ。
この時期になると日が暮れると途端に寒くなる。
川沿いを走っているものだから、余計に寒風が身に刺さる。
四十人近くの集団が列をなして走る様子はなかなかお目にかかれないだろう。
街灯の少ない夜道を沢山の自転車のライトが照らしながら駆けて行く。
店の中では正にお祭り騒ぎといった様相であった。
はっきり言ってとても迷惑な客である。
店員に注意されても止める気配がない私たちはいよいよ出禁となった。
この後、どうしようか?
などと相談しながら地元へと帰る私たち。
ただ、あまりにも田舎なため学生が遊べるような場所はそうそうなかった。
結果、百円ショップやドラッグストアで花火を購入し、陸上競技場の隣にある公園へと足を向けた。
公園に到着した私たちは3つに分かれることになった。
一つ目は花火で遊ぶグループ。
二つ目は水風船の投げ合いをするグループ。
三つ目は山へ肝試しに行くグループ。
私は花火をしようかと考えていたのだが、あなたは肝試しに行こうとしていた。
その時、私の親友が、
「私、肝試しがいいな!一緒に行こうよ」
とニヤニヤしながら言ってくるのである。
わざとらしいことに多少腹立たしさを感じながらも、
「うん、そうしよっか」
と返事を返した。
そしていよいよ山道へ十人ほどの人数で入っていくことになった。
灯りは勿論ないので、各々が持つスマートフォンのライトを頼りに歩を進める。
肝試しというよりはただの散歩である。
紅く色づき始めた葉はライトに照らされるたびに煌めいた。
少し湿った足元はよく滑る。
独特の静けさに包まれた夜道を談笑しながら歩く私たち。
そんな折に私は足を滑らせてしまい、小さな悲鳴をあげ、転びそうになった。
すると、横から腕が伸びてきて私のことを支えてくれた。
「大丈夫か?怪我は?」
支えてくれたのは憧れのあなただった。
激しく動揺した私は、逃げるように体勢を戻した。
「だ、大丈夫……」
恥ずかしさのあまり、そっけない態度をとってしまう。
顔が紅くなっていることが確認せずとも理解できる。
幸いなのは暗闇のおかげで誰にも見られないことだ。
一連の出来事により周りからは大層冷やかされ、いじられた。
あなたは時折、
「うるさいねん」
と冷やかしに対して反応を示していたが、どこか俯き加減であった。
私のせいでこんなことになって、とても申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになった。
無事に肝試しも終わり、下山するとクラスメイトの大半がずぶ濡れになっていた。
公園の蛇口周辺には大量の水風船が用意されていた。
「帰ってきたか、この水風船渡すからあいつにぶつけてきてくれや」
あなたに駆け寄って来た男子がそう言いながら水風船を二つ手渡した。
しゃあないな、と言いながらあなたは標的に向けて走り出した。
月光に照らされながら走るその姿は力強く、速く、そしてとても綺麗だった。
弾ける水飛沫も夜空に宝石を投げ打ったかのように煌めいていた。
こんなにも美しい景色を今まで、いえ、この先も見ることはないだろうと思えた。
そんな時間は唐突に終わりを迎えた。
道路の方で走り回っていたクラスメイトはこう叫んだ。
「警察や!逃げろ!」
時刻は24時になろうかというところだった。
受験も間近の私たちにとって、補導は非常にまずいものである。
ただ、私は足がすくんで逃げ出せずにいた。
どうしよう……とても怖い……
「何しとん?早よ逃げるぞ」
そう言って手を引いてくれたのは、他でもなくあなただった。
この寒空のせいか、その手はとても冷たかった。
でも、私の足の速さに合わせてくれる思いやりはとても暖かかった。
動揺で声も出せないまま、私は自転車の後ろに乗せられた。
「とばすから、落ちんように掴まっとけ」
そう言いながらあなたは自転車を走らせた。
どうすればいいか分からず、私はあなたにしがみついた。
恥ずかしさから頬が紅潮しているのがわかる。
鼓動が鐘を打つ声が大きくなっていく。
あなたに気づかれはしないだろうか……
そう考えると余計に鼓動が早く大きくなっていく。
「撒けたみたいやな、家どこらへんやったっけ?送るわ」
その言葉で我にかえる。
警察は他のクラスメイトの方を追って行ったのか、後方からの気配はなくなっていた。
クラスメイトの事は気になるが、無事を祈ることしかできない。
「ごめんね、ありがとう」
そして家の場所を教えて送ってもらうことになった。
とても短い時間だったが、永遠に続いてほしいと思うほどに幸せだった。
このような出来事二度と起こらないだろう。
「自転車の鍵貸してくれるか?」
私を送り届けたあなたは唐突にそう言った。
発言の真意が理解できず固まってしまった。
それを察してか、あなたは続けてこう言った。
「自転車ないと困るやろ?今から取ってくるわ」
「でも、こんな時間だし……危ないよ」
あなたの好意はとても嬉しかった。
ただ、これ以上迷惑はかけたくなかった。
「30分くらいで戻って来れるし、トレーニングに丁度ええわ」
そう言って私の手から鍵を取ると走り出して行ってしまった。
親も心配してるだろうから、家に帰れと言われたが、そんなことできるわけがなかった。
申し訳なさで胸が張り裂けそうだった。
寒さで体の芯まで冷えて来た頃、あなたは戻ってきた。
その必死でひたむきな表情に胸がときめく音を聴いた。
「家帰っとけ言ったやん、寒いやろ」
そう言いながら、自転車を私に手渡す。
言葉とは裏腹に触れたあなたの手からは、温もりと優しさが多分に感じられた。
優しさに触れた私は今にも泣き出しそうになっていた。
「当たり前のことしただけやから、気にすんなよ」
私が自責の念を感じていることを察したのか、そう声をかけてくれた。
月明かりに照らされたあなたの顔は照れからか赤くなっていた。
それに気づいてかそっぽを向いた。
私も恥ずかしくなって目線を逸らした。
「じゃあ、また学校でな」
そう言うとあなたは自転車に跨り、家路を急いだ。
後ろ姿からは気品高い、美しさが感じられた。
私は後ろ姿が見えなくなるまで目が離せなかった。
やっぱりあなたは憧れの人。
あれから数年が経ち気づけば大人になった。
色鮮やかな記憶たちは今でも、昨日のように思い出される。
それでも、隅で日焼けした小説の一部のようになっていく。
だから、Alc20パーセントの力を借りて、あなたが物語になるということ。
小さな最果て 秋海棠 白音 @Shukaido6456
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