第9話 理想化された宋江の盗賊団

 そういう意味では、盗賊団は民衆に近い存在ではあるのですが。

 じゃあ、現実の盗賊団が、悪い政治をやる地方官といつも戦ってくれるか、というと、そんなことはなくて。

 やっぱりふだんいちばん被害に遭うのは、その地方の民衆です。

 だから、悪い役人の話をきくと「強い盗賊団が出てその役人をやっつけてくれないかな?」と期待する人たちも、自分の住んでいるところのまわりには盗賊団なんか絶対にいてほしくない。盗賊団が出ると、こんどは「いい役人が来て盗賊団をやっつけてくれないかな?」と期待するようになる。

 そんなものです。


 そういう点では、民衆の味方をして王朝と戦ってくれて、民衆を襲ったりはしない「正義の盗賊団」がいてくれるといちばん都合がいい。

 「義賊ぎぞく」願望ですね。

 そういう「正義の盗賊団」として、この宋江そうこうの盗賊団が「理想化」されたのです。


 なぜ宋江の盗賊団が理想化されたかというと。

 現実の宋江の盗賊団がほんとうに「いいひと」たちだったから、それが語り伝えられて、という可能性もありますが。

 むしろ、現実に何をやったか、ということがあまり伝えられなかったから、という可能性もあります。

 宋の王朝は、徽宗きそう皇帝と、危機に際して徽宗が譲位して即位した欽宗きんそう皇帝の時代に滅亡しました。そのあと、欽宗の弟の高宗こうそうが南の長江下流域に王朝を再興します。これを「南宋なんそう」といいます(南宋の皇帝家は、高宗のあと、同じちょう一族ながら、別の家系に移ります。これに対して統一王朝時代の宋を「北宋ほくそう」といいます)。

 実在の宋江が活動したのは、この徽宗時代の末にあたります。

 その宋江が活躍した黄河流域は、満洲まんしゅう地域(中国東北地方)から南下してきたジュシェン(女真じょしん)人の王朝きんの支配下に入ります(「ジュシェン」が後に「マンジュ」とあらためられ、その漢字表記が「満洲」)。


 南宋は、政治的には混乱を繰り返した王朝で、王朝史的にはあんまりぱっとしないのですが、前の時代の呉越ごえつ南唐なんとうを引き継いで経済と社会は繁栄しました。海外貿易も盛んで、日本史に出て来る平清盛の「日宋貿易」の相手はこの南宋でした。

 その社会の繁栄はさらに次の統一王朝の元に引き継がれました。南宋支配下にあった社会の繁栄が、日本遠征(弘安こうあんの役)を含む元の海外遠征に資金や人材やノウハウを提供し、また、マルコ・ポーロの「帰りの航海」を支えたわけです。

 そういう、南宋支配下の都市の繁栄を背景に、都市の民衆文化としてさまざまな英雄物語が語られるようになった。

 そのなかに宋江の物語も入っていた。


 つまり、宋江が活動した地域が別の王朝の支配下に入ってしまったあと、それとは別の、都市民衆文化の繁栄している地域で、さまざまなヒーローの物語が宋江を中心に束ねられた、という流れなのだろうと思います。

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