第2話 闘神と計画の始まり

 幼い頃の記憶、親に黙って禁足の地とされる森の奥に興味本位で入り俺は夜の森の中で迷子になり、泣きながらただただ歩いていた。


『父さあん! 母さあん!』


 涙と鼻水で顔が汚れながらも大声で叫ぶが、応える声などはなかった。いや、代わりに応える者がいた。

 そいつはいつの間にか俺の目の前にいて、その巨大を動かしながら拳ほどの瞳で俺を見ながらその大口を開いていた。そう、それは。


『ド、ドラゴン……!』


 この森に住みついてるドラゴンであった。

 森から出てくることはないが、一度森に入った物は獲物として必ず仕留めると聞いたことがある。


『グルルルル……』

『ヒィ!』


 俺は無謀だと本能で分かっていながらも咄嗟に逃げようとした。だが、ドラゴンの喉から口元にかけて赤く赤熱化しており、奴は火炎の吐息で俺を焼き尽くそうとしていたのだ。

 そして、つい後ろに振り返るとそこには今にも口の中から出る寸前の炎が見え


『誰か助けてーーー!』

『ッッ!!』


 ドラゴンは勢いよく火炎を吐いた。俺はもう駄目だと思ったが、どういうわけか火炎が俺に届くことは無かった。何故なら――





『大丈夫か?』


 巨大な剣を持った女が俺の後ろに立っており、何と剣の斬撃一つで火炎を切り払っていたのだ。


『お姉さんは…?』

『それは後だ。先に奴を潰す』


 女は剣に激しく電流が迸る。強大な一撃をドラゴンに叩き込むつもりなのだ。


『失せろ、デカブツ』

『ガアアアアアアアッッ!?』


 雷纏う斬撃が一撃でドラゴンを沈め、空高く血飛沫を上げるドラゴンは森中に響くほどの断末魔の叫びをあげて息絶えた。


『まったく…。私が通りかからなければお前は死んでいたぞ』

『ありが…!?』


 月明かりが女に当たり先程まで薄暗くてよくわからなかった容姿が見える、俺はその姿に言葉を見失う。何故ならそれは――。


『魔族が怖いか人の子よ』


 そう、魔族であった

 それも後に大魔王としてその名を轟かせた女、彼女との出逢いは当時の俺にとって運命的で―――。



―――今の私の大きな原点だった。









 塔の入口である巨大門の前に三つの人影があった。 

 その中の一人、若い男のドワーフが小柄な身体を震わせながら先程の大声の主である山羊の如く捻れた角を生やした魔族の少女の肩を叩く。


「だ、大丈夫かな。確かこの塔って許可のない魔物が近づいたら迎撃されたり、管理者に消されたりするって聞いたよ…闘神に見つかったらマズいんじゃ……」

「平気平気、アタシは何度も来ても大丈夫だったし。魔王になる女が一緒なんだし堂々としてればいいのよ」


(……)


 もう一人である人間の少女が塔の上の方から高速で飛び降りてくる塔の主を見つめていた。

 それは、アレクは高所からあっという間に地上に降り立った。





「半年ぶりかディアナ。……ところで後ろの二人は護衛なのか?」

「違うわよ友達よ、こっちの仕事は落ち着いてきたから来てやったのよ」


 そう言う魔族の、いや【魔王後継者】のディアナは連れの二人の方を見る。

 確かに護衛のようには見られないな。

 うむ、ビクビクしてる小柄の若い男の子の方はドワーフのようだな、もう一人の少女は人間か。

 しかし、ドワーフの方は分かるが彼女のようなあの魔王の家系の者が人間と知り合いなのは意外であった。まあ私も元は人間か……。


「ガットン……です。ディアナちゃんの付き添いで来ました……」

「二人の腐れ縁のセシルです」


 ディアナの友達のようだがこの二人は彼女と違って静かなようだ、ガットンは話すのが苦手な様だが。

 しかし何だ、セシルって子は誰かを思い出す。するとディアナが私の背中を小突いた


「何ボーッとしてんの?早く中入れなさいって!」

「わかったからから少しはそこの二人ぐらい大人しくしてくれ」

「これがアタシのスタイルなんです〜! ほら二人とも! じゃあ行くわよ」

「まったく、どんな相手でもそれだけの勢いで接せるのはある意味血を感じさせるな……」


「……」


 結局騒いでばかりのディアナと二人の連れと共に魔法で最上階へと跳んだ、セシルは私の方を無言でずっと見つめているのが気になったがそのことは後で訊くとしよう。




 80階、書斎のある西側から反対の東側にある広間へと三人を連れて来た。

 ディアナはソファに飛び込み、ガットンは柱や壁等を観察している。セシルは本棚の書物に目を通している。

 するとディアナが私に呆れ顔を向けてきた。


「あのさ…今軽く塔を探知してみたら、まったく塔の様子が変わってないんだけど、アレクもしかしてあの話進めてないわけ?」

「あの話……。ああ、あの件で来たのか」


 ディアナがここに来た理由がやっと分かった、以前私に持ち込んだ件についてのようだ。

 私がそのことについて思い出してる中、ディアナの表情が怒りの色に変わる。


「え、えっ…えぇ!? まさか忘れてたの!? ハァァァ…………まったくアンタときたらーーーー!!」

「分かったからちょっと待てって!」

 

 マズい、私があの件のことをすっかり忘れてたせいで頭にきたディアナが憤怒モードになってしまった……。

 これを放置してはマズいと私はガネットを呼ぶために指を鳴らす。運良く彼女はすぐに転移して現れた。


「――にしてもアンタときたら…あっ、ガネットじゃない!おひさ〜」

「ディアナ様お久しぶりです。今日はお連れの方々もご一緒のようで」


ガネットが来るとディアナはすぐに落ち着きを取り戻す。そう、二人は400年以上前からお互いをよく知る仲なのだから。


「あっ、お祖父様が言ってたわよ。偶には顔を見せてくれって」

「その様子だ先々代様今もお元気でおられるようですね」

「うんうん、今日ここに来るって言ったらお土産持たすとか、魔王の心得も学べとかも言われてさ〜」


 先程とうって変わり、ディアナは上機嫌だ。何故ならガネットはディアナの祖父の先々代魔王の参謀をしていたので二人は昔からの付き合いがあるからだ。

 彼の祖父が諸事情で魔王の座を息子である先代魔王、つまりディアナの父に継承された。

 だが先代魔王である彼女の父は20年程前に先代勇者に討たれ、その時から彼女は本格的に魔王後継者として忙しくなったと聞く。

 といっても最近は魔王軍再編などで忙しく、現在は先々代の祖父が代理でやっている状況だが。

 

「ところでマスター、ご要件はもしやあの件ですよね」

「ああ、確か資料は私の部屋にあった筈だが」

「直ぐにお持ちします。それと見回りも完了しておきましたので」 

「すまない助かる」


 どうやらガネットは私と違ってしっかり覚えていた様だ。秘書としては本当に頼もしい。

 そして、ガネットは再び転移で消え、1分も経たずの書類の山を持って再び転移してきた。


「皆様書類が倒れてしまうかもしれないので少しお離れを」


 ディアナはそのまま広間中心のテーブルの上に書類を降ろす。


「うーん、全然手を触れた痕跡無いし、本当にアンタ忘れてたようね」

「悪かった……」


 ディアナに頭を下げたが彼女は資料の方ばかり見て此方を見てはいない。

 我ながら自分が情けなくなる。


「これがディアナが言ってたのだね」


 ガットンもやってきて書類から埃を落としながらディアナと共に書類を目を通しだした。

 あの様子だとガットンもこの件について知った上で来たのだろうか。

 

「先に言っとくけどガットンにはこの件について話した上で彼の知識や技術とか借りたくて今日連れてきたから」

「もう一人の彼女は?」

「あの子はこの塔と貴方に興味あったからだけ。ついでに護衛も彼女に頼んじゃったけど」


 何故興味があるのか気になるが先程の視線はその事もあるからだろうか。ディアナが護衛を任せる程の人間なら特に問題ないか…?


「マスター、あのマスター」


 ガネットがやや呆れ顔で私に声を掛けてくる。この件に私がいないのでは進めようがないのだから


「しっかりしなさいよね。この塔にとっても大きな話なんだから」

「すまない」


 そう、この案件はこの白銀の巨塔においても重要な話なのだ。

 不甲斐ない私よりディアナやガネットの方がしっかりしてるのに、私も相応の姿勢で臨まねば。

 ただでさえ放置していたのだから。


「本当にすまなかったディアナ。君なりに気を遣ってくれたことを無下にしていて」

「分かってるならいいけど、何かそんな言い方されると反応に困るわね…」

「私もいい加減瞑想にばかり時間を費やす日々から抜けたいし、出来れば昔のようにまた色んな奴と闘いたい」

「そういうところですよマスター」


 つい、思ってた事が全部口に出る。こういう闘争に飢えてるところはあまり他の魔物や若い頃の俺と変わらないな私は…。

 まあ自虐ばかりでは締まらんな、気合入れるか。


「その様子だとやっとスイッチ入ったようね。まあいいわ、やる気なったのならアンタが仕切りなさいよ。提案したのはアタシだけど責任者はアレクだってのは前に決めたことなんだから」

「分かった。ではガネット」


 ガネットは資料一番上の一枚を私に手渡し、その中身を見てから一息つく。


「塔の全ての魔物、使い魔を1階に集めてくれ、三時間後に始める」

「了解しました、それでは直ぐにでも下の階へと皆を、転移魔法使える者を総動員すれば半分の時間もかからないでしょうが」

 

 ガネットは資料を数枚持って転移で部屋から去る。私は私のやるべきことを進めよう。


「それじゃあ始めるのね。まあ始めてくれないと私も困るのだけれど」

「ああ、いつまで経ってもこのままだといけない、これはお前等一族にも関わる話になるだろうからな」


 この件はこの塔のためではなくディアナ達魔王軍にも関わる案件だ。

 そもそも彼女の一族とは師匠の代以前からの付き合いで、理由は不明だが一族は魔族ながら塔の守護を知っており、塔の守護の崩れ等は一族にとっても善くない自体だという。



 そんなこんなで私は準備をしだしたのだが、ふとセシルが私に近寄ってきた。


「やっとらしい顔になってきましたね」

「らしいか、それは闘神としてかい?」

「それもなんですが、伯父さんから聞いてたような人の顔になったなって」

「伯父さん…?」


 この子の雰囲気の既視感、そして伯父さん……待てよ、まさか。


「誰のことか思い出したようですが、その事はまた後でってことで」


 セシルはそう言って離れた。

 だが、これで彼女の素性がある程度見当がついてきた。まあ彼女の言うとおりそれは後でいいだろう。 

 セシルはディアナの方にいくと、ディアナは私の方を見ながらニヤついてた。

 そんなアイツの事は放っておいてガットンに声をかける。


「ガットン君と言ったかな」

「は、はい! わざわざ名前を覚えてくださりありましてご感謝を!」

「うん、まあそう慌てなくていい。長生きしてるだけで私は人間であることに変わりないのだから」

「ハイ……」


 ガットン…ガットン君はこれまで会った者の中でも他人と話すのが特に難しい部類の様だ。

 ただし、彼に才能があるのを見逃さない。


「君はどうやら建物等を見定めるのが上手なようだ」

「えっ、そんな事は……。父や父の仕事仲間の皆さんから教えてもらっただけですよ」


 彼の先程からの行動を見ていたが、部屋に入って直ぐに柱などに近づき、見つけづらい破損箇所などを的確に見つけて、懐から取り出した紙に何かを書き込むのを目撃したからだ。


「君は短時間でこの部屋の破損箇所の状態、修繕に必要な材料がか分かっていたじゃないか」

「あー……僕が小言でブツブツ言ってるのが聞こえてましたか……。僕のような者が偉そうにすみません!」

「イヤイヤ、ドワーフでもその若さでそれだけの眼を持ってるのは凄いことだよ」


 どうやら、彼は小言が私の耳に届いたと思ってるようだが、紙の中身を見たというのは気まずくなりそうなのであえて黙っておこう。


「そうですか……? ありがとうございま……! う、うわぁ!?」

「おっと」


 ガットン君は礼をしようとしてそのまま足を滑らせたので咄嗟に私が受け止めた。

 頼れるが心配になる子だな……。


「ありがとうございます……」

「気をつけなさい、私が言えた身では無いだろうがそう気張らなくていいからさ」

「はい、それではちょっと失礼します」


 ガットン君は会釈エシャクするとディアナの元へ行き、これからの事で話を始めた。


 私も準備の続きを終わらせるか。





 それから産時間後。


 塔の一階、この塔の中でも特に広い1階の奥のエリアにある大ホールには様々な種の魔物達がざっと800匹程集まっていた。これが現在この塔に残っている魔物全員である。


「アレク様どうしたんだ一体?」

「聞いた話じゃ遂にやる気だってさ」

「ゴゴ、オラ、アレクシンジル……」

「でも大丈夫なのかい? 実力はここ最強だけど頭の回転が良い人にはとても見えないじゃないさ」

「しーっ! 聞こえたらどうする! せっかくここにいるおかげで飯も魔力も保証されてるってのに追い出されるかもしれねえだろ!」


 既に私は大ホールの壇上にいたのだが、魔物達はお構いなしに喋り続けている。ガネットに注意されたように日頃から威厳を出すように心がけるべきだったか…。

 とりあえず始めるか。


「静粛に!!」


 彼等の声に掻き消されぬようにホール中が振動するほどの大声をあげる。上手く効いたようで魔物達も一斉に口を閉じ此方に視線を向けた。


「わざわざこのような時間に集まってくれた事に感謝する。諸君等にも既に話した筈だが、私は半年前に魔王後継者であるディアナ殿から一つの受けていた。今日そのディアナ殿とお連れの方にも同席してもらっている」


 壇上から少し離れた所に座っていたディアナと友人二人は立ち上がり魔物達の視線を集めた。

 魔物達は人間のセシルの存在に多少ヒソヒソと話していたがディアナが睨みつけるとその威圧感により一瞬で静かになる。


「それでは続けるぞ。皆が知っての通り、20年以上前の頃から様々な理由により挑戦者が激減し、今ではまったく挑戦者が現れなくなってしまった。この件は何よりも管理者および責任者である私の大きな失態だ、このような寂れた塔に残っている事は本当に申し訳ない、そしてその事に感謝する。だからこそ私は決心した」


 私は書類の一枚を手に取る、さあ宣言しよう。

 この白銀シロガネ巨塔キョトウにとって新たな、大きな一歩となる言葉を。


白銀シロガネ巨塔キョトウ超凄いダンジョンにしよう計画をここに宣言する!」


(えっ……何その計画名…???)


 あれ、おかしいぞ。空気が凍りついたような。

 ん? どうしたんだディアナ、無言で駆け寄ってきて……って、急に胸ぐらを掴んできた!?


(何て名前付けてんのよ! 超凄いダンジョンにしよう計画とかゴーレムですらもう少しマトモな名前を考えるわよ!)

(そこまで言わなくても…天)


 どうやら私の計画名に文句があるようだが、そんな風に言われると普通にショックである。

 仕方ないな、こうなったら旅をしてた頃に流行っていたダンジョンの呼び方の一つを使うか…。


(今度は決まったようね、ちゃんと仕切り直しなさいよ)

(わかったわかった)


 ディアナは不機嫌顔で離れていく。よし、今度こそはしっかり決めるぞ。


「――先程の名は聞かなかったことにしてくれ…、それではあらためて計画の名を伝える」


「裏ダンジョン化計画を発令する」


 これは後の時代にも伝わり続ける裏ダンジョン誕生の最初の一歩であった。 

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