最高の裏ダンジョンの作り方

桃灯太郎

第1話 闘神と巨塔

 南東の大陸に白銀シロガネ巨塔キョトウ

 己を試したい者、力を求める者、強さを知りたい者、数多の猛者達がその塔へと挑んだとされるその塔は雲をも貫く高さを誇り、内側にも強力な魔物に溢れた広大なダンジョン、太古の遺跡等がある、全200階の中にある様々な試練が挑戦者に立ち塞がることで知られている。


 そしてある時、その塔へと挑んだ一人の青年がいた。

 彼の名はアレクセイ、生気を喪った瞳を持つ青年で何故塔へ来たかは誰も知らなかった。


 

 生ける屍のような状態だったアレクセイであったが白銀シロガネ巨塔キョトウのダンジョンに立ち塞がる魔物共をその拳で打ち負かし、培ってきた力と魔法を駆使し試練を突破していった。 

 そして、塔の頂に辿り着いたアレクセイは遂に闘神と邂逅した。



「君は何のために私の元へ来た」

「…………」

「話せないか、だが此処まで来れた者だ。私は全力で相手をしよう」


 アレクセイは話さなかったが彼がここに来た目的はとてもシンプルだった。



『生きる意味を喪ったのでせめて強者と闘い、葬られて終わりたい』



 アレクセイは向かってくる闘神の初手の一撃受け取る構えを取っていたが、一撃で死ねるようにとギリギリで構えを解いた。



「……!」



 だがしかし、アレクセイの目的を察した闘神も寸前で攻撃を止めた。


「――どうしたんだよ闘神様、なぁ……おい!」

「……」


 力の抜けた拳を闘神にぶつけるアレクセイを、ただ闘神は憐れみの目で見ていた。 







 あれからしばらくも俺は自暴自棄で全てがどうでもよくなってており、何が起きたかはうろ覚えばかり。塔を出る気力すら無くなった俺を闘神は世話をしてくれた。


 その後も色々とあったが落ち着きを取り戻した頃に俺がどういう経緯でこうなったかを全て吐きつくす。それを最後まで聞いた闘神はどういう訳か自分の後継者にならないかと言ってきた。

 どうせ生きててもやることがなかった俺は闘神の、師匠の後継者となることを了承したが今思い出すと感謝しかない。




 自暴自棄だった頃の俺は何処やら、いつしか師匠の期待に応えるのが生き甲斐となっていた。師匠には厳しい鍛錬を課せられるものの充実した時間で、何よりも師匠といる時は壊れかけた俺の心に温かさを与えてくれ、今でもその事をハッキリと覚えている。



 後継者とは即ち闘神を継ぐ、塔の管理者として二つの役目を背負う事。

 一つはこの塔で多くの挑戦者に試練を貸し、最後に自ら相手を行い、正しき力の行使へ導く【闘神】

 もう一つはこの塔に秘匿させられた何かを守護し、それを狙う邪悪な存在から守り続ける【守護神】

 守護神として何を守るのかはわからなかったが、下手に存在を広く知られないために一般的にはあえて闘神としての存在を知らしめ、この塔が力試しの塔としての存在を強調させているらしい。

 俺としても良からぬ輩の相手なんて御免だしな。




 さらに年月を経て、私は師匠からお墨付きの後継者となり、とうとう師匠から管理者として闘神の名をを継承の時が訪れる。

 師匠はこの塔を長き年月守り抜き、老いて衰えないようにするため自身に施していた不老長寿の力を解除し、新たにその役目に就く私にその力を施し、その際にある言葉を残した。


「これならこの塔もきっと安泰だろう、お前なら大丈夫だ。だが、己だけの力では必ず限界がある。他者を敬い、助け合う大切さを覚えておきなさい」


 その言葉を最後に師匠は塔を去っていった。その後故郷へと帰ったとされるが継承の時を最後に二度と会うことはなく、その後しばらくして師匠は故郷の土に還ったと風のうわさで耳にした。


―――師匠見ていてください。貴方から託されたこの塔を守り抜いてみせます。

 



 あれから千年以上は経った現在。

 塔の頂にて強い日差しを浴びている私は日課の瞑想を終え、ゆっくり瞳を開けて遠く離れた地上を見下ろしていた。 

 今の私は塔の管理者【闘神アレク】と名乗っており、世間的にもその名で通っている。

 長き年月の中で生きてきた私だったが管理者として役目があるため基本的に塔から一定範囲を離れてないため、今世界がどんな風に変化したかは他所から来たものからの情報しか無い。

 魔界から現れた数多の魔王等が勇者と戦い、討たれる事が幾度も起きていたというが細かな詳細はよく知らない。

 かつては勇者等も挑戦者として来たことがあるが、最近は勇者どころかロクに挑戦者の顔すら見ない。


――――今の塔を見たら師匠はどう思うだろうな。


 現在の塔は私と一握りの者ぐらいしかいない寂しい場所になってしまった。


「もう昼か……」


 塔の頂にて日課である瞑想を終えた私は頂から飛び降り、80階の私の書斎へと向かう。







『貴方は強いが、ただそれだけだった。この闘い以外、あれだけの試練から得られるものなんて何もなかった』

「…………何もないか」



 私の頭の中にあの時の言葉がまた過ぎる。

 今の状況のキッカケとなったあの瞬間の言葉が……。やっぱり私のせいでこんな事になってしまったのか。

 まるで師匠に会う前の私の様だ。●●●さんの力になれずに全てを諦めていた私のように情け無い……。 

 でもあの人を喪った時と違い今はまだやり直せるだろと私自身に言い聞かせる。力を高めても心が弱いままなんだなと自分を責める癖は千年過ぎても治らないようだ……。








 色々と考えつつも、目的の階まで降りた私は空中で動きを止めてそのまま窓から書斎へと入る。

 既に書斎には仕事をしてる一人の魔族の女性がいた。


「今戻ったぞガネット」

「その様子だと今日の瞑想は終わったご様子ですね。それにしても転移魔法がありますのに、毎回窓から入るのは止めてほしいのですが。書類が飛び散ってしまいます」

「悪い、つい癖でな」


 彼女の名はガネット。かつては魔王の一人の元で参謀をしていたらしいが、訳あって私の秘書として働いている。


「ところで早速ですが今週の分のマスターの仕事を纏めて置きました。量は多くありませんので出来れば早く目を通してください」

「少しは休みたいんだがまあ窓から入ってきた罰代わりってことでとっとと終わらせるか……」


 いつ頃か、私は気弱になってきたような気がする。塔のように私の心も寂れていったようだ。

 自分の机の上にある紙の束を手に取る。何時もの事だから察しはつくが、塔の修繕や塔内の魔物の状態確認、試練の改善などだろう。


「一応塔の方の様子は水晶で一通り確認しておきましたのでご心配なく。今月分の他の仕事量はそこまで多くは無いのですが――」

「人手が足りない。良くも悪くもこの手の仕事は数は最近減ってきたが、それは契約した魔物も減少したというという問題故だからな」


 ある時期から挑戦者も減ってきたこの塔であったが、それは戦いの試練を任せていた多くの魔物達の契約破棄をも招いていた。


「低級使い魔である程度補填出来るとはいえ精々謎解きのような試練を担当させられるが現状だ。何しろ彼等は戦闘向けではないからな」

「ええ、強豪の魔物が幾分か残ってますがかつてと比べるとあまりにも必要な数が足りません」


 試練のために契約した魔物達は実力も選りすぐりの者ばかりであると同時に闘争本能も相応に高かった。

 そのため、挑戦者との戦いしか許可されていない彼等にとって挑戦者の殆ど来なくなった今の塔にいるのは苦痛でしかなかった。

 そして何より、あの一件で多くの者からの信用を喪った。


『この塔じゃなくても俺達に合った場所はいくらでもある』

『契約こそはしたが、我々の利が無ければ棄て去るは当然の道理』

『戦うは本望だ、しかし不甲斐ない主の尻拭いで身を削る等もってのほかだ!』


 彼等は多くの不満を言い残して塔を去ってしまい、私自身も闘争に熱い者なため彼等を止めることは出来なかった。

 あれからだ。自分の不甲斐なさを何度も後悔し、自分は名ばかりの闘神だと責めてばかりになるようになったのは。

 だからと言ってこのまま自虐ばかりで動きを見せないはマズい。

 


「ここ二、三十年は平和だから特に何も起きないとはいて、いい加減にどうにかしないといけないな……」

「マスターの瞑想が日課になった原因でもありますからね、そのせいで私の仕事も増えましたので」

「優秀だからとはいえ君にばかり色々と押し付けてるようで申し訳ない」


 何とも言えない息苦しい空気が流れる。

 彼女の言った通り瞑想が日課になったのは塔の現状によるものである。


 私の行う瞑想は【気】と呼ばれる力を大量に体外に出す儀式のようなもので、気とは魔力とはまた違う生物等が持つ力の一つである。

 その気をこの土地の地脈から得た魔力を私の力で念じて混ぜ合わせ、この塔を守護する不可視の壁として展開していのだ。これが守護神としての役目の一つだ。


「前は多くの挑戦者の方がいらっしゃって瞑想する必要も無かったのですよね」

「そうだな、この塔に挑むのは強い奴等ばかりで数も多くて気は有り余るほどだったな」


 気とは瞑想以外にも戦闘によって発生するものがあり、一定の高い気を持つ者は、感情が昂ぶったり、戦闘で力を発揮した際に発生する目に見えない力、残滓として身体の外に溢れ出たりするものがある、以前は挑戦者から発生させられたものを回収して使っていた。     

 この塔に挑む者一人一人が名の知れた者が多かったため、力の残滓といえど一回の戦闘でもかなりの量が得られることも多く、あくまで体外に出てしまった気は戦闘後にはただの排泄物のようなものなので回収しても挑戦者側にも問題が出るものでもなかった。


「ある時は三日間の間で十年分の気を集めたり出来ましたね」

「そうだったな、先代が貯めていた気の量も多かったのも大きかった」


 師匠が五百年分ほどの気を厳重に保管してくれたとはいえ、本当に千年以上も気が切れなかったのは不思議なくらいだ。



「だからこそ心のどこかで切れることないと慢心してたのかもしれない、挑戦者の途切れたここ100年程の有様がその証拠だと私は感じる」

「それでもマスターなりに頑張っておられますよ。ただ、マスターも必要以上に自身へ負担のかかることはしないように気をつけてくださいね、あの時のように」

「あの時か……」



 一度、壁の状態が不完全な状態だったことがあり、その原因が私が無理をして瞑想による気を無理に出しすぎた事があり、私自身は気の出し過ぎで大きく疲弊し、壁もマトモに展開出来るような状態ではなく隙間まみれの状態で展開してしまったのだ。

 それを知った塔の何かを狙う邪悪な者達が塔を攻めた。


 私はみっともなく戦える状態ではなかったので、塔にいた魔物達が代わりに戦い、何とか彼らが塔を守りきり回復した私が壁を再展開し何とかなったのだが、その戦いで多くの魔物達の命が散っていった。

 自らを顧みない行動が結果的にこの事態を招き、それを隠すことなく魔物達に告げた。それは日頃不満を抱えてきた魔物達にとっての決定打ともなり先程の大量契約放棄へと繋がっていった。

 あれから私を信じて残ってくれた者達のためにあの時のような愚行は二度としないと誓った。

 今では闘気を発生させる瞑想にばかり時間を割いて、その時間帯の作業はガネットがするような日々だ。

 





 

 ………あれから一時間ほど経つが、黙々と書類を見てばかりなのでここは気晴らしに話題でも出そうか。


「……そういや、ところで君が此処に来て、どれだけ経った?」

「五日前にも訊かれましたよね?まあいいですが、かれこれ297年と162日で御座いますよ」

「ほう、そんなに経つのか。しかしあれだな、君が来た頃はもっと活気に溢れていたな」

「それも前と同じ会話の流れですね…此方にも記録されてますよ」


 ガネットから透き通った鮮やかな水晶を受け取る。

 この水晶は前に物好きな遺跡好きの男がこの塔を見て良いものが見れたと礼として貰った物である。

 男はよくわからなかったが水晶の方は様々な機能を加える事が可能な便利な代物であり、念じ方次第で、この高い塔の外観、内部全体を細かく映し出しす事も行えその場の音声も聴くことも出来る。

 他にも音声を録音したり、予定を残すことも可能なのだが、とりあえず自分の音声を探ってみる。


『君が来てから今日でどのぐらいだったか?』


 うむ、本当に言っているな……。

 そんな私を見て苦笑いを浮かべるガネットだったが、何かを思い出したような顔になった。


「そういえばマスター、確か今日はあの方が来られる予定だったのでは?」

「む?誰のことだ」


 これはいけないな、誰のことだったか思い出せない。

 とりあえず、水晶で予定を確認しようと念じてみるが、間違えたのか塔の外側の入口付近を映し出した。

 

 ん?入口付近に人影が見え――。



『おおっーーーい!! アタシが来てやったわよーー!!』



「噂をすればですね」


 水晶の中から大きな声が轟き、部屋の中に響き渡る。

 ああ、誰と会う予定だったかやっと思い出した……。


「……どうしますか、私が出迎えに行くべきでしょうか?」

「いや、君はここにいてくれ。ここは私が出向く」

「了解しました…。何かあったら直ぐにお呼びください」

「じゃあ行ってくる」


 ガネットに水晶を渡し、私は先程の大声の主のいる地上に向けて部屋の窓から勢いよく飛び降りた。

 


「彼女が来たのならあの件を進めれますね」



 ガネットが窓から顔を出して何か呟いたようだがまあいいだろう。

 そんな事より早く行かないと怒鳴るな。アイツも時間が限られてるのは想像つく。


 なんたってアイツは


 次世代の魔王で、あの人の……、の子孫なのだから。

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