第40話 見えざる敵の攻撃

新しい仲間のハルクは、実に頼もしい奴だった。

3メートル以上の大きさのハルクは、もちろん僕よりも移動速度が速い。

そのため、僕は移動の際には彼に(生物学上ではオスのようだ)かつがれている。

性格的に大雑把な彼は、行く先々で罠に引っかかってしまうことがある。

しかし、その度に踏みつぶしたり殴りつけたりして、ことごとく破壊してしまうのだ。

発動中の罠を床から引っこ抜いたこともあった。

彼にとって罠は、僕らが感じるような罠ではないのだ。


敵と遭遇した際、近距離なら簡単に蹴散らしてくれる。

その敵が遠距離から攻撃してきた際には、壁や床をその驚異的な握力でむしり取って相手に向かって投げつけるのだ。


しかもその投擲が実に的確。

針の穴を通すようなピンポイントのピッチングで、正確に相手の急所にヒットしていくのだ。

一度間違えて僕を相手に投げつけた。

【重力操作】と【鉄壁】のスキルが間に合わなければ、確実に相手もろとも僕も粉砕していただろう。

彼の強さでは、この階の敵は相手にならないのだ。


とはいえ、彼に任せてばかりだと僕が成長しない。

僕もスキルを使いながら、敵を倒し続けた。


5階層を進めば進むほど自殺したと思われる、人間やモンスターをよく見かけるようになった。

どの死体にも大量出血の痕が見られている。

誰が一体何のために…。


「ぐぁー、殴る、殴る、殴るぅぅ!」

自殺をしたと思われる死体を見ると、ハルクは突然不機嫌になる。

それもそうだろう。

一歩間違えばハルクも同じようになっていたのだ。


ハルクが言うガイコツみたいなモンスターは、ここでは出会っていない。

特徴的な姿をしているのであれば、遭遇すればすぐにわかるだろう。


ハルクを仲間にしてから、時折僕の様子を伺うような視線を感じるようになった。

視線の主の位置を特定するために、魔眼スキル【千里眼】を使おうとするも、感じていた視線がパッと消えてしまう。

何度か同様のことが繰り返され、視線の主をそれ以上捜索することができなかった。


謎の変死体と正体の見えない敵の姿。

もやもやしながらも、解決する術を僕らは持っていなかった。


しばらくは何事もなく、ダンジョン探索が続いた。

広間のような部屋に入った際に、遠くで今まさに戦闘中のパーティを見かけた。


しかし、どこか様子が変だ。

人間の冒険者風のパーティと狼によく似た獣系のモンスター達が向かい合っているが、どうも戦っている風ではない。


獣風のモンスターはじっと冒険者たちを見ているだけで、攻撃をしようともしない。

冒険者たちも武器を構えたまま、動こうともしない。

いや小刻みにブルブルと震えており、彼らの視線は獣たちではなく別方向を向いている。

何かに耐えているように感じる。


冒険者たちのパーティは全部で4人。

大きな剣と盾を構えた戦士風の男。鎧には無数の爪あとがついている。

隣で槍を構えている男は槍使いだろうか?身長よりも長い立派な槍を携えている。

長髪で軽装の軽そうな男は、シーフ風だ。両手に短剣を1つずつ持っている。

ショートヘアの似合う可愛い女性騎士もいる。


女性騎士は突然、頭を押さえ始め、武器をその場に落としてしまった。

頭を押さえながら膝をつき、苦痛な声をあげている。

同じように他の戦士たちも武器を床に落とし、苦しみ始めた。


不思議なことに獣風のモンスターは、絶好の攻撃チャンスにも関わらず攻撃を仕掛ける様子はない。

ただじっと、冒険者たちの様子を見ているのだ。


おそらく奴らはこの冒険者たちの攻撃に関係してはいない。

どこからか冒険者たちに遠距離攻撃をかけているのを、見届けているようだ。

獣たちに攻撃しようとするハルクを制止。


「彼らには敢えて犠牲になってもらい、相手の攻撃を見極める」

戦略的には有効な方法だ。

彼らを助けることで得られるメリットよりも、敵に知られてしまう、相手のことを知るチャンスを潰してしまうデメリットの方が大きいと判断した。


納得出来ない様子のハルクを、洗脳した相手の居場所を知るためと何度も説得。

なんとか彼をその場にとどめた。


その時、僕は遠方から魔力の流れを感じた。

それは何もない空間から突然、冒険者たちを狙って向かっていくのを感じた。


これは魔眼だ。

魔眼スキルの【千里眼】と何らかのスキルを組み合わせているのだ。

おそらく獣たちはスキルの主の部下か何かだろう。

スキルが成功するまで、近寄る邪魔者を排除しようというのだろう。


すると先ほどまでしゃがんで苦しんでいた女騎士が、武器を持って立ち上がった。

その表情にはうつろで生気は感じられなかった。


彼女は持っていた剣の剣先を自分の喉元に向ける。

仲間たちが、必死で止めようとする声も彼女の耳には入っていないようだった。

彼女は喉に押し当てた剣先を一旦離して距離を取り、勢いをつけたまま自身の喉を貫いた。


ゴトン。

彼女の体は、糸が切れた操り人形のように力なくその場に崩れ落ちる。

大量の血がみるみる床を染めていった。


その様子を見ていたハルクの表情が変化する。

小刻みに体を震わせ、その怒りを押し殺そうとしているようだった。

「オデ、オデは…。」


次に立ち上がったのはシーフ風の男。

ただ意識は残っているようで、武器を持つことを自分の意思で拒否をしている。

しかし、拒否している間も魔力は彼の体に流れ込んでいるようだ。


彼は右手に短剣を持ち、自身の首へと切っ先を向ける。

彼は武器を持ったまま高く持ち上げ、自身の首を狙って振り下ろした。

はずだった。


彼が振り下ろした先は、自分の右太もも。

膝をつきうめき声をあげるも、残りの2人に向かってニイッと笑顔を見せた。

立ち上がった彼は、先ほどのように洗脳されている風ではない。

何かをつかんだかのように、2人のパーティメンバーのところへ歩き始めた。


彼がパーティメンバーの元に寄った瞬間、獣達は彼に襲いかかったのだ。

2匹の獣に首元を噛まれたシーフ。

大量の血しぶきをあげながら倒れ、動かなくなった。

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